メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

無料

『いだてん』田畑は反乱軍に殴られたか

⼤河ドラマが描いた/ 描かなかった朝⽇新聞社 その6

前田浩次 朝日新聞 社史編修センター長

阿部サダヲ演じる田畑政治は兵士に殴られたが

いだてん拡大人通りの途絶えた東京朝日新聞社前。再度の襲撃を警戒していた=1936年2月26日夜

 『いだてん』では、編輯局に乱入した兵士が、電話をかけ続けていた社員を追い出そうとしたとき、阿部サダヲが演じる田畑政治がその兵士にタックルし、銃の台尻で数回殴られていた。

 実際に、電話をかけ続けていた証言はある。警備の松山万太郎は兵士たちが入ってきたので、机の下にもぐって営業局長に電話しているところを兵に見つかった。兵は銃の台尻で床をゴツンゴツンとつつきながら「早く出ろ、出ろ」とせかしたが、松山は歩兵上等兵の経験者で、まだ銃を撃つことはないだろうと、電話はかけ終わってから退出したという。

 細川隆元は『朝日新聞外史』で、自身のことに続いて伝聞を紹介している。

 (妻に)「二、三日は家に帰れないから心配しないように」と連絡をとっていたら、銃剣を突き出すように政治部の机に一人の兵隊が殺到して来たから、私はかけていた電話機を思わず机の上に取り落として、そのまま室の外に出て行った。(中略)連絡部長の鳥越雅一は兵隊から銃剣で尻をシコタマつつかれるまで、大阪との直通電話にかじりついて放さなかったのは、後々まで美談の一つとして伝えられた。

 鳥越がその時けがをしたのかどうかはわからない。そのほかにも、襲撃で負傷したという記録は無い。田畑がタックルして兵に銃の台尻で殴られたのはドラマでの表現である。

 印刷工場では、出社していた鋳造係の三上久雄と庶務課の佐藤隆が、銃を構えて興奮したような顔をした兵に「出ろ」と怒鳴られながら工場の中を追いかけられ、出口が無く、窓から飛び出した。

 販売部の池永弘は、宿直でベッドに寝ていた。赤ら顔の兵が殺気だって「表に出ろ、出ろ」と、ベッドの下から剣で突き上げてきたのであわてた。階段を何段飛んで降りたかわからないという。外では並ばされて、将校が自動車の上で蹶起(けっき)趣意書を読み上げるのを聞かされた。

 見出しをつけたり、レイアウトを考えたりする整理部員の赤井直恭は、兵が来たときはスリッパばきだったので、いったん宿直室に行って靴に履きかえて編輯局に戻った。もう誰もいなくて、兵に「早く出ろ」と言われて階段を降り、ほとんど閉まっていた玄関の扉のところで、兵が2人、付け剣で構えている下を、くぐるようにして外に出た。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

前田浩次

前田浩次(まえだ・こうじ) 朝日新聞 社史編修センター長

熊本県生まれ。1980年入社。クラシック音楽や論壇の担当記者、芸能紙面のデスクを経て、文化事業部門で音楽・舞台の企画にたずさわり、再び記者として文化部門で読書面担当とテレビ・ラジオ面の編集長役を務めたあと、2012年8月から現職。

前田浩次の記事

もっと見る