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世良公則&ツイスト、そして1980年代へ

太田省一 社会学者

 前回のChar、原田真二に続き、今回は「ロック御三家」の残る一組である世良公則&ツイストについてみていく。そのうえで、前回の話も含めて「ロック御三家」を男性アイドル史のなかに位置づけてみたい。

世良公則&ツイストの歌謡曲的ロック

 前回、原田真二が男性アイドルとしては「王子様」の系譜にあたると書いたが、一方男性アイドルのもうひとつの系譜であるワイルドな「不良」的雰囲気でファンを魅了したのが、世良公則&ツイスト(1978年末に「ツイスト」に改名)である。彼らのデビューも、原田真二に劣らず華々しいものだった。

 1977年11月発売の「あんたのバラード」が、彼らのデビュー曲である。これがいきなりオリコン週間チャートでベストテンに入るヒットとなり、世良公則&ツイストは一躍注目の存在になった。

 同曲は世良公則の作詞・作曲で、ヤマハポピュラーソングコンテスト、通称ポプコンにおいてグランプリを獲得した楽曲である。

 1960年代の終わりに始まったポプコンは、1970年代になるとアマチュアミュージシャンの登竜門として名を馳せるようになった。1973年にグランプリを獲得した小坂明子の「あなた」のミリオンセラーヒットがあり、その後も中島みゆきの「時代」(1975年グランプリ)など多くのヒット曲、新人アーティストが生まれた。学生時代最後の思い出として出場した世良公則&ツイストも、そんな一組だった(読売新聞社文化部『この歌 この歌手(下)――運命のドラマ120』、50-51頁)。

 このポプコンもまた、歌謡曲とそれ以外の新しいジャンルの音楽との橋渡しに貢献したと言える。フォーク、ロック、そしてニューミュージックなどの新しい音楽と既存の歌謡曲とのあいだにあった壁を壊していく役割を、ポプコン出身者たちは担った。それは、中島みゆきが桜田淳子「しあわせ芝居」(1977年発売)でそうしたように楽曲提供というかたちもあれば、自らテレビの歌謡番組に出演するというかたちもあった。

 世良公則&ツイストは、後者の代表格であった。「あんたのバラード」の曲調も「酔いどれ男と 泣き虫女」というフレーズが出てくるように、ブルースをベースにしながらどこか歌謡曲的、さらに言うなら泥臭い演歌的なものがあった。またそれを歌い上げる世良公則の「ドスの利いた」とも形容できる迫力あるボーカルが、いっそうそう思わせた。武道の型のような独特のアクションにもテレビ向きの見栄えの良さがあった。

 その意味では、彼らから漂う「不良」性もちょうどいい具合に中和されていた。むろんファンの中心は若い女性たちだったが、彼らにはより広い世代にも受け入れられる素地があった。その点、西城秀樹などに通じるものがあった。

世良公則=2018年拡大ツイスト時代の世良公則は、「ロック御三家」のなかでもワイルドなイメージで支持を集めた=2018年

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筆者

太田省一

太田省一(おおた・しょういち) 社会学者

1960年、富山県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビ、アイドル、歌謡曲、お笑いなどメディア、ポピュラー文化の諸分野をテーマにしながら、戦後日本社会とメディアの関係に新たな光を当てるべく執筆活動を行っている。著書に『紅白歌合戦と日本人』、『アイドル進化論――南沙織から初音ミク、AKB48まで』(いずれも筑摩書房)、『社会は笑う・増補版――ボケとツッコミの人間関係』、『中居正広という生き方』(いずれも青弓社)。最新刊は『SMAPと平成ニッポン――不安の時代のエンターテインメント 』(光文社新書)、『ジャニーズの正体――エンターテインメントの戦後史』(双葉社)。

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