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ポスト2020。出版ジャーナリズムの新しい潮流

〈マス〉の幻想から〈個〉のリアリズムへ

大槻慎二 編集者、田畑書店社主

「場所の精神性」を経営する誠品書店の〈志〉

 オープン当初の賑わいのなか訪れた目的は、やはり「誠品書店」の品揃えや人の入りを見たかったからだが、書籍フロアの中心に平積みされていた誠品創業者・呉清友氏の評伝『誠品時光——誠品と創業者呉清友の物語』(林静宜著/横路啓子訳、誠品股份有限公司刊)を手に取って拾い読みしているうちに引きこまれ、買って帰ってすっかり読み耽ってしまった。そこに書かれているのは呉清友という稀有な実業家の経営哲学なのだが、それが実に深く胸を打つのだ。

 〈彼(呉清友)は、誠品が経営しているのは一種の「場所の精神性」だという。それは、単に「書店+売り場」という空間であるだけでなく、「場所の精神性」や読書、シェアをする場、そして身心が落ち着きを取り戻す文化的な場所なのである。/読書は、本と暮らしの間に存在する。書店は知識を伝える場というだけでなく、さまざまな芸術や展示の文化的な場になることができる。一つの文化的な場である以上、我々は空間としての美しさを重視すべきであると同時に、力をついやし、品を高め、独自の場にしていかなければならない。「場所の精神性」の実現は、我々誠品チームが創り出そうと思ってできるものではない。それは、都市の中の多様な文化を、さまざまな活動を通じて、多様な面の市民がともに参加する必要がある。それは人、空間、活動の衝突によって生まれる文化的ムードなのだ〉

 少々長い引用になったが、「『場所の精神性』を経営する」というフレーズのなんと魅力的なことか。しかもそのあらゆる目的は「本を読む」ことにあるというのだ。

 永江氏が明らかにした日本の書店、あるいは出版が置かれている貧しい状況を脇に置くと、その品位はますます輝いて見える。

オープンし、2階のフロアには台湾の複合型書店「誠品生活」が出店した=2019年9月27日午前、東京・日本橋.拡大2019年9月にオープンした台湾発の複合型書店「誠品書店」

 「誠品生活日本橋」が商業的に成功するか否かはとりあえず置いておこう。なぜなら呉清友という人は15年間ものあいだ連続する赤字に耐え、その果てに大きな成功を手にした気骨の経営者であり、その遺伝子は誠品という企業に息づいているだろうから。

 この〈志〉の高さ、それにこのところの香港の若者たちの姿などを見るにつけ、21世紀の日本にとっての「黒船」は、少なくとも「精神における黒船」は、どうやらアジア諸国からやってくるように思われて仕方ない。

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筆者

大槻慎二

大槻慎二(おおつき・しんじ) 編集者、田畑書店社主

1961年、長野県生まれ。名古屋大学文学部仏文科卒。福武書店(現ベネッセコーポレーション)で文芸雑誌「海燕」や文芸書の編集に携わった後、朝日新聞社に入社。出版局(のち朝日新聞出版)にて、「一冊の本」、「小説トリッパー」、朝日文庫の編集長を務める。2011年に退社し、現在、田畑書店社主。大阪芸術大学、奈良大学で、出版・編集と創作の講座を持つ。フリーで書籍の企画・編集も手がける。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです