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父は福島原発の誘致にたずさわった県庁職員だった

165万部のあの写真集を担当した元上司に聞いてみました[1]

鈴木久仁子 編集者・朝日出版社

自分の父親が原発の誘致にたずさわって

――赤井さん、放射線の本、たくさんつくりましたよね。東日本大震災が起きてから、2014年に会社を辞めるまで、7割くらいは放射線関連の仕事になるんじゃないですか。

 そうだったかな。

――本以外の仕事もしてましたよね。

 ああ、いろいろやっているうちに、福島第一原発から40キロ離れているのに、全村避難という経験を強いられた飯舘村とも縁ができて、「かわら版道しるべ」という準広報紙の編集も途中まで手伝った。人数は限られるけど、行政の一人ひとりの顔と声に接することができたのはよかった。彼らの奮闘を知れば、「行政の怠慢」なんて言えなくなるからね。

 俺は、前にも鈴木さんに話したけど、父親が福島原発の誘致にたずさわった県庁の職員の一人だったから、あの……責任を感じるっていうほど、自分で直接的なつながり感じるわけじゃないけど、なんか……やっぱ、いやなもんじゃない? 自分の父親が原発を誘致したって。

――誘致したって、どういう……

 原発を誘致するとき、土地の収用、立ち退き、買い上げを、県も東電も進めたい。でも、そこに人が住んでるから、ここに原発を建てるので立ち退いてほしい、ついてはいくらをお支払いするからって交渉するわけ。

 これは差別的な表現で、今は使えないと思うけど、福島原発が立地されたところは「日本のチベット」って呼ばれてた。なにもない、ものすごく貧しいっていう意味で。

 農業にも適さないし、海岸は切り立った崖で漁港に恵まれない。それから国策で帝国陸軍の練習飛行場になったり、塩田開発のために東京の大企業が入ってきたり。要は、人が住んで仕事をするのにあまり向かない地域で、極貧だったらしい。

武谷三男(たけたにみつお)っていう、戦後日本を代表する理論物理学者が編著者の『安全性の考え方』(1967年)っていう岩波新書拡大武谷三男編『安全性の考え方』(岩波新書、1967年刊)
 俺が中学のとき、父親が原発を誘致してきたと聞いた。1960年代の終わりから70年代にかけてだね。武谷三男(たけたにみつお)っていう、戦後日本を代表する理論物理学者が編著者の『安全性の考え方』(1967年)っていう岩波新書を読んでたから。

――どうしてその本を?

 同級生に一人だけ、小野功生(こうせい)君っていう、読書家の友達がいた。生まれてすぐからの付き合いで、2008年に亡くなったけど、その小野君が読んでた。

――いいですね、そういう友達がいて。

 うん。詳しい内容は思い出せないけど、「原子力平和利用の自主・公開・民主」とか……。時期的に、ベトナム反戦運動や反公害運動が起きていたはずで、それと関連があったかな。
(図書館で探したら、こう書いてあった。放射線の「利益と有害のバランスが許容量」であり、「どこまで有害さをがまんするかの量」が許容量である。「『許容量』というものが、害か無害か、危険か安全かの境界として科学的に決定される量ではなくて、人間の生活という観点から、危険を『どこまでがまんしてもそのプラスを考えるか』という、社会的な概念である」124頁。衝撃を受けるね)

 その本を読んでたもんだから、父親に食ってかかって、原発誘致なんて危ないんじゃないかって言ったわけ。安全だって言うなら、自分たちが隣に住めばいいし、東京に持っていけばいいじゃないって言うと、「そういうことじゃないんだ」って。ものすごく貧しい地域の人たちがいて、その地域をなんとかするっていう使命もあるんだ、みたいなことを言うんだよ。

 お前はどうせ、福島県庁のエリート幹部の息子で、国立大学附属中学校なんかに入って、わかんないだろうなって。用地買収のために訪ねていく家がどういう家かというと、玄関先は、むしろ(筵)が1枚ぶら下がっているだけで。ちょっと竪穴式住居……。

――ドアがないってことですか?

 そう。むしろは稲わらを乾燥させたやつを編んで、1枚の絨毯(じゅうたん)みたいにつくる。そのむしろが玄関にぶらーんと下がってる。それをめくって、こんばんはて、入っていくんだって。

 そういう地域に住んでる人の気持ちなぞ、わかんないだろうって言われて。うーん……納得いかないけど、そうなのかな、みたいな感じだった。

 やがて原発があちこちに建設されてどんどん既成事実化していくと、忘れていくじゃない、そういうことって。で、事故が起きてみると、ああ、やっぱり、みたいな感じが、他の人とはちょっとだけ違う感覚で、こう……やってくるわけ。

震災当時の福島県南相馬市鹿島区。撮影:安東量子氏拡大震災当時の福島県南相馬市鹿島区=撮影・安東量子氏

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筆者

鈴木久仁子

鈴木久仁子(すずき・くにこ) 編集者・朝日出版社

1976年、宮城県生まれ。2000年、朝日出版社に入社。アイドル写真集制作のアシスタントをつとめ、その後一般書を制作。担当した書籍は、森達也『死刑』、加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』『戦争まで』、西成活裕『とんでもなく役に立つ数学』、岡ノ谷一夫『「つながり」の進化生物学』、伊勢﨑賢治『本当の戦争の話をしよう』、「こども哲学」シリーズ、末井昭『自殺』『自殺会議』など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです