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『もしドラ』岩崎夏海さんが語るドラッカー的人生

『栗山ノート』の栗山監督は、矛盾を内包させた人

井上威朗 編集者

モラハラ被害者は二極化する

――前回は、プロ野球の監督の「モラハラ」についてうかがいましたけど、持っていた「モラハラ」という語の印象がガラリと変わりました。

岩崎 でしょう。日本人の多くの人は、「モラルが破綻している人が、モラル・ハラスメントをするのだ」って勘違いしているんですよ。

――それでいて成績を残す原野球。個人的には悔しくもありますなあ。ああ岩崎さん、さんざん塩試合と言ってきましたけど、今度は梅野が悪送球を……。

岩崎 完全にワンサイドゲームになってきちゃいましたね。

――ではこちらの話もひとつのサイドに。人間はモラハラをされるとどうなるのですか。

岩崎 僕は二極化すると思っています。

――モラハラ被害者の二極化。どんなタイプに化けるんでしょう?

岩崎 片方は「屈辱を味わってバネにする」タイプ。もう一方は、「屈辱をなかったことにして中身を空っぽにする」タイプ。今テレビに出ている人でも、中が真空な人はいますよね。ただの真空ですから、一見、悪い人には見えないですよ。

――中身が真空、ってことは、悪意を持っていないということですかね。

岩崎 そう。悪意がないし、社会の常識に疑いを持っていない。そもそも中が空っぽってことは自分の欲動がない、ということでもありますからね。世間に合わせることができるというわけ。その対極にあるのがホリエモン。彼はどこまでいっても、世間に自分を合わせていくことはできないでしょう。

――なるほど。一方、世間に迎合することを突き進めた存在として、ネット上にあらわれる正義ポリスなどが思い出されますな。

岩崎 言ってしまえば正義ポリスの人たちも、みんなモラハラの被害者なんですよね。彼らはおそらく、日常からポリティカル・コレクトネスの棒で殴られすぎたあまり、逆転して、ポリコレ棒で殴る側にまわってしまったんだと思うんです。なぜそんな転身ができるのかといえば、中身が空っぽだから、なんですよ。

作家の岩崎夏海さん=2010年、甲子園球場で拡大作家の岩崎夏海さん=2010年、甲子園球場で

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筆者

井上威朗

井上威朗(いのうえ・たけお) 編集者

1971年生まれ。講談社で漫画雑誌、Web雑誌、選書、ノンフィクション書籍などの編集を経て、現在は科学書を担当。