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【ヅカナビ】音楽奇譚『龍の宮物語』

想像の翼広がる、バウホール公演ならではの佳作

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 音楽奇譚の「奇譚」とは「不思議な話」の意味である。夜叉ヶ池伝説や「浦島太郎」を題材として織り成されたこの作品において、「正しい解釈」を求めることには意味がないのだろう。むしろ、自由に想像(妄想?)の翼を広げさせてくれるところが魅力だ。人の妄想話を聞くのも案外楽しいもの。というわけで今回は、この作品から広がった私の妄想にお付き合いいただくことをお許し願いたい。

 演出家・指田珠子のデビュー作となったこの作品は、作者のユニークな世界観が出演者一人ひとりの個性と見事にはまり、バウホール公演久々のヒット作になったと思う。客席数500の宝塚バウホールは、スターの登竜門であると同時に、作者にとっても腕試しの場であるはずだ。その意味でも意義ある一作であったと思う。本編の後半ではその点にも触れていきたい(ネタバレを含みますのでご注意ください)。

清彦と玉姫、1000年の時を超える愛

 時は明治の終わり、真面目な学生の伊予部清彦(瀬央ゆりあ)はならず者に襲われた女性を助ける。この女性こそ夜叉ヶ池の底に棲む龍神の妻・玉姫(有沙瞳)であった。玉姫によって池底の「龍の宮」にいざなわれた清彦は、享楽的な日々の中でも決して笑顔を見せない玉姫に何故か心惹かれていく。

 この玉姫、じつは1000年ほど前、とある村が干ばつに襲われた時に雨乞いの生贄として夜叉ヶ池に沈められた娘であった。そして清彦は、かつての玉姫を見捨てた恋人の子孫であったのだ。

 純朴で少し不器用、そして玉姫への一途な想いだけは決してブレない清彦は、まさに瀬央ゆりあのはまり役。黒髪の学生姿も美しく、この作品が瀬央の代表作の一つとなることは間違いないだろう。そして、1000年積もり積もった憎しみと、その裏腹に孤独を秘めた玉姫を演じた有沙瞳は怪演というほかはない。タカラヅカの娘役としての可能性を広げたという意味でも快挙である。

 憎い男の子孫をことごとく殺し、その血を断つことが玉姫の望みであった。だが、玉姫はどうしても清彦を手にかけることができない。いっぽう清彦もまた玉姫への想いが断ち切れず、自分の命に代えてでも玉姫を呪縛から救い出したいと願うようになる。

 一つ疑問だったのは1000年前に玉姫が生贄にされたとき、恋人であった男は本当に裏切ったのかということだ。過去の回想シーンなどの描かれ方からして、どうもそうは思えない。男の玉姫への想いもまた残り続けたのではないだろうか。そして、かつての恋人と姿形もそっくりだという清彦はいわば男の生まれ変わり。この物語は1000年の時を超えた究極の愛の成就ではないか? 私にはそう思えてならない。

人間世界、「30年の時の経過」の残酷さ

 清彦は玉姫の計らいでいったんは元の世界に戻されるが、そこではすでに30年の時が経っていた。その間に日露戦争(1904年)や関東大震災(1923年)が起きている。リボンの似合う百合子(水乃ゆり)は現世のヒロインであり、大正ロマンの香り漂う幸せな時代の象徴でもある。だが、清彦はそんな時代から、暗雲立ち込める昭和の初めへと一気に飛ばされてしまうのだ。この時代設定も心憎い。

 現世の側で30年の隔たりをつなぐキーパーソンが山彦(天華えま)だ。1幕で書生たちに入り混じりながらも、どこか違和感を感じさせる芝居が巧い。この山彦、2幕でじつは清彦の祖父であり、山彦もかつて夜叉ヶ池にいざなわれながらも逃げ延びてきたらしいことが明らかにされる。

 逆に、30年の時の経過を感じさせる人物が、百合子の婚約者・白川鏡介(朱紫令真)だ。1幕ではギラギラしたやり手ぶりを感じさせ、それが2幕では一転して事業に失敗し借金に終われる白髪混じりの惨めな男に変貌する。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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