メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

無料

正しい、正しくないに沿って生きてるんじゃない

165万部のあの写真集を担当した元上司に聞いてみました[2]

鈴木久仁子 編集者・朝日出版社

 編集者・赤井茂樹さんインタビューその2です。

 東日本大震災の翌日、東大病院で開かれた会合に呼び出されて――

 「本をつくっているとさ、事前には予想できない、没頭する時間って生まれるじゃない? 自分がこんなものに興味を持ってるって知らない。やってみて初めて気づく。それから、人との関係で、その課題を自分に投げられれば引き受けないわけにいかない、みたいなこともあるしね。のりかかってみると、楽しいことに負けてがんがんやってしまう」

 そう語る赤井さんが、原発事故から8年後、安東量子さんの『海を撃つ――福島・広島・ベラルーシにて』(みすず書房)という本をつくるまでのお話です。

震災当時の福島県相馬郡飯舘村。撮影:安東量子氏.拡大震災当時の福島県相馬郡飯舘村=撮影・安東量子氏

「最悪でもチェルノブイリ」

――原発事故が起きてから、長いこと休んでなかったですよね。赤井さん、足が痛くなってたりして。出先に届けものをしたら、足をひきずりながら出てきて、びっくりして、休んでくださいよ!ってしつこく言ったけど休まなくて……。

 そうそう、足は痛かったねえ。なんだったんだろう。

 俺があのとき、放射線関連の仕事をやるようになっていくのは、(前回話した)自分の父親のこともあるけど、もうひとつは中川恵一先生との関係だよね。『がんのひみつ』(朝日出版社、2008年)っていう本で、中川先生と仕事してたから。

 中川先生は放射線治療っていう分野の専門家なんだけど、放射線治療って、医者以外の専門家のアシストによって成り立ってるのね。医学物理士って言ったかな。お医者さんじゃない、核物理学をやった人たちが、放射線治療のグループに入ってるんだ。その人たちが、放射線をどの強さで、どの角度から、どのぐらいの時間照射して、患部のがん細胞、腫瘍を攻撃すればいいかって計算して設計する。

 だから彼らは、放射線の危険性も効用も、両方知ってる。被曝についても、日常的な感覚として知ってる。僕はそういう人と知り合ってよかったな、とは思ってるんだけど、それがあの事故と結びつくとは思っていなかった。

 事故があってすぐ、中川先生から連絡が来て、専門家が何人もお見えになるから東大病院に来てほしいって。

――いつぐらい?

 翌日だったか……、2011年3月11日から何日も経ってなかったと思う。理学部、工学部、他の大学の研究者、放射線防護っていう分野の専門家とか、20人ぐらいいた。そこに行って、自分たちにできることはないか、みたいな議論があった。

 何回か会合が行われて、会合後のタクシーでの移動中だったか、原発とものすごく関係の深い研究分野のある先生が、「最悪でもチェルノブイリ」って言ったんだ。俺、これね、ほんと忘れがたい。せいぜいチェルノブイリだって言ってるわけだよ。チェルノブイリを軽視しているわけじゃないけど、最悪でもチェルノブイリっていう言い方のなかに、ものすごい傲慢な感じとか、被害っていうものの見積もり方の、ちょっとグロテスクな、専門家ならではの俯瞰しすぎている感じとか、にじんでるわけね。俺、こういう人とは仕事できないなと思った。

 放射線治療チームの医学物理士たちは、ものすごく勉強していて、事故から数日のうちに、国際放射線防護委員会(ICRP)の文書を教えてもらった。“ICRP Publ. 111”っていうんだ(正式題名は「原子力事故または放射線緊急事態後の長期汚染地域に居住する人々の防護に対する委員会勧告の適用」2009年)。ICRPのジャック・ロシャールさんという人が書いたものなんだよね。

 ICRPは、放射線を使うとき、これこれの人体影響があるので注意しましょうっていうことを、現在わかっている範囲で、国際的に標準の考え方をつくろうという民間の団体なんだ。ロシャールさんはフランス人で、放射線防護が専門、今はICRPの副委員長。

――『海を撃つ』を書いた安東さんが2011年の秋に読んで、「堅物のはずの専門家集団が執筆したこの文章が、私たちの『望み』を語り、『願い』に注意を払っている」と驚いた文書ですね。赤井さんは、放射線治療チームの人たちに教えてもらったんですね。

 うん、今、頼りになるのは、この文書だけなんだって。日本語訳がないから、訳して伝えたほうがいいかなって医学物理士の一人が言うので、中川先生とやろうということになって「team nakagawa」というアカウントでTwitterを始めたり、ブログをつくって、ICRPの文書の概要を紹介する連載を始めた。

 事故からしばらくは、個人的にも仕事の上でも気持ちに余裕はなかったけど、いくつか印象に残ることがあったな。まず、早野龍五先生のTwitterでの発信が心強かった。先生の発信に接して、どういうデータを見ればいいのかはじめてわかったんだよ。いま思い出すと、俺はすがるように読んでいた気がする。

やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識」というページもあって 、単行本にする際、担当させてもらった(朝日出版社拡大田崎晴明『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』(朝日出版社、2012年9月刊)
 田崎晴明先生の「放射線と原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説」も勉強になった。おふたりとも独立・自前で、個人として果敢に発信してくださった。

 田崎先生には「やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識」というページもあって、単行本にする際、担当させてもらった(朝日出版社、2012年9月刊行)。当時、俺は50代半ばで、慢心してたんだなと思う。ウェブサイトを活字化するだけと思いきや、じつに厳密で公平・正確なご指導を受けて、その意味でも忘れられない。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

鈴木久仁子

鈴木久仁子(すずき・くにこ) 編集者・朝日出版社

1976年、宮城県生まれ。2000年、朝日出版社に入社。アイドル写真集制作のアシスタントをつとめ、その後一般書を制作。担当した書籍は、森達也『死刑』、加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』『戦争まで』、西成活裕『とんでもなく役に立つ数学』、岡ノ谷一夫『「つながり」の進化生物学』、伊勢﨑賢治『本当の戦争の話をしよう』、「こども哲学」シリーズ、末井昭『自殺』『自殺会議』など。