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アニエス・ヴァルダはフランスの樹木希林

稀代の女優との共通点とは?

林瑞絵 フリーライター、映画ジャーナリスト

新旧3作品の日本劇場初公開

 アニエス・ヴァルダ監督の撮影時期も異なる3作品、『アニエスによるヴァルダ』(2019)、『ラ・ポワント・クールト』(1954)、『ダゲール街の人々』(1975)が、このたび、劇場公開される運びとなった(12月21日~、東京のシアター・イメージフォーラムほか)。日本では全て劇場初公開である。この機会に「ヌーヴェル・ヴァーグの祖母」と呼ばれた巨匠の作品を、スクリーンでじっくり堪能してほしい。

 『アニエスによるヴァルダ』は、今年(2019年)2月のベルリン国際映画祭で、本人出席のもとワールドプレミア上映された最新作だ。饒舌な語り部である監督本人が、65年に及ぶ芸術家人生を振り返ったドキュメンタリーで、大学や映画イベントなどに招待されて行ったトークショーや講演会の映像に、監督作品の抜粋や本人の解説、秘蔵映像などが重ねられてゆく。彼女がこれまでどのような心構えで仕事に向き合ってきたか、あるいは、代表作がどのような計算や仕掛けに基づき作られていたのかを、その指針や手の内まで惜しげもなく公開するものだ。ヴァルダはこの作品を発表した翌月に亡くなっており、本作が遺作となった。

『アニエスによるヴァルダ』 (c) 2019 Cine Tamaris – Arte France – HBB26 – Scarlett Production – MK2 films拡大『アニエスによるヴァルダ』 (c) 2019 Cine Tamaris – Arte France – HBB26 – Scarlett Production – MK2 films

 『ラ・ポワント・クールト』は、倦怠期の若い夫婦と南仏の漁民たちの物語を並行に描いた幻の監督デビュー作だ。それまでヴァルダは映画を5本ほどしか見ておらず、助手経験などもなかったという。しかし、いきなり思い立って、短編ではなく長編制作に挑んでしまう当時26歳の未来の巨匠の行動力には、あらためて驚かされる。

 少ない予算とスタッフを駆使した屋外撮影、かつ二重構成を持つウィリアム・フォークナーの小説『野生の棕櫚(しゅろ)』に影響を受けた実験的な本作は、「偉大なカリヨン(=鐘楼。ここでは映画運動“ヌーヴェル・ヴァーグ”を指す)の最初の鐘の音」と形容された。ヌーヴェル・ヴァーグの到来を予告した映画史上極めて重要な位置付けの作品であり、これまで日本で紹介されなかったのが不思議に思えるほどだ。

『ラ・ポワント・クールト』
(c) 1994 AGNES VARDA ET ENFANTS拡大『ラ・ポワント・クールト』 (c) 1994 AGNES VARDA ET ENFANTS

 『ダゲール街の人々』は、当時2歳前後(撮影の月に2歳の誕生日を迎えた)の息子マチュー・ドゥミを子育て中で、自宅を遠く離れたくなかった子煩悩のヴァルダが、自宅兼映画会社シネタマリスから半径50メートルで撮影した変わり種のドキュメンタリー。子育てを含めた日常生活も、プロとしての仕事も同じように大切にしたヴァルダだからこそ実現できた作品だろう。

 パリ14区のダゲール通りは商店街であり、カメラを向ける対象はヴァルダがふだんから客として通っていたパン屋、肉屋、金物屋、カフェ、美容室、クリーニング屋などお馴染みの店ばかり。彼らに注ぐ視線にはほのぼのとした愛着が伺える。

『ダゲール街の人々』拡大『ダゲール街の人々』 (c) 1994 agnès varda et enfants

 2019年現在、これらの店は地価高騰のためほぼ撤退した。そのため、本作はパリの昔日を収めた貴重な町のポートレイトにもなっている。現在も時代の荒波に耐え残るのは、ヴァルダの映画会社シネタマリスとアコーディオン屋(しかも半分はワイン屋に代わった)ぐらいだろう。筆者は本作の劇場パンフレットに、映画で描かれたダゲール通りが現在どうなったかがわかる地図や、周辺のヴァルダゆかりの場所を紹介したので、興味がある方は覗いてみてほしい。機会があればこちらのパンフ片手にヴァルダが愛したパリ14区に立ち寄ってみると、ファンならきっと感慨深いと思う。

 ヴァルダが亡くなった後、ダゲール通りのシネタマリスや、そこから徒歩3分にあるモンパルナス墓地のお墓には、お花やジャガイモが溢れるほど捧げられた。ジャガイモ(とりわけハート型のジャガイモ)は、ヴァルダ後期の代表作『落穂拾い』(2000)に登場したことで、一躍彼女のトレードマークになったものである。

パリ14区ダゲール通り86番地。ヴァルダの自宅&映画会社シネタマリス拡大パリ14区ダゲール通り86番地のヴァルダの自宅&映画会社シネタマリスには、彼女を偲んで多くの花が手向けられた=撮影・筆者

 フランスの公共ラジオは「パリ中の人々が自宅の場所を知り、亡くなったら惜しんで集まる監督は彼女だけ」と追悼の言葉を送ったが、実際、ピンクのファサードが目印のシネタマリスは、この界隈のちょっとした名所である。神出鬼没で誰とでも分け隔てなく話す気さくなヴァルダは、いつだってパリの人気者であった。

ヴァルダの自宅&映画会社シネタマリス拡大ヴァルダの『落穂拾い』に登場したハート型のジャガイモは彼女のトレードマーク=撮影・筆者

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筆者

林瑞絵

林瑞絵(はやし・みずえ) フリーライター、映画ジャーナリスト

フリーライター、映画ジャーナリスト。1972年、札幌市生まれ。大学卒業後、映画宣伝業を経て渡仏。現在はパリに在住し、映画、子育て、旅行、フランスの文化・社会一般について執筆する。著書に『フランス映画どこへ行く――ヌーヴェル・ヴァーグから遠く離れて』(花伝社/「キネマ旬報映画本大賞2011」で第7位)、『パリの子育て・親育て』(花伝社)がある。

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