メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

無料

『いだてん』田畑政治、五輪の後は

大河ドラマ主人公の歩みをたどる最終回。「記録」と「歴史」を考えた

前田浩次 朝日新聞 社史編修センター長

朝日新聞社が表彰、そしてなぜか忘れられた

いだてん拡大朝日賞を受けた田畑政治。「私からオリンピックを取り除くことは出来ない」と話していた=1979年12月撮影

 朝日新聞社は1929年(昭和4)以来、文化全般にわたって第一級の業績を顕彰する「朝日賞」を贈っている。

 1980年(昭和55)元日の新聞で、昭和54年度の朝日賞を贈る3人のうちの1人に田畑政治を選んだことを発表した。

 「長年にわたる日本水泳界への貢献とオリンピック運動推進の功績」だ。水泳、東京五輪はもちろんのこと、JOC委員長として中国の五輪復帰に尽力したことも評価されている。

 朝日新聞の元記者・元役員だが、それはまったく関係なく選考されている。記事や社内報などには記録がないが、朝日新聞記者OBの宮本義忠が『人間 田畑政治』の中で、広岡知男・朝日新聞社会長が受賞パーティーで語った言葉を紹介している。

 「田畑さんには、もっとはやく朝日賞を贈らねばと思っていましたが、朝日の出身なので遠慮していました」

 1984年(昭和59)8月25日、田畑政治は死去する。翌26日、朝日新聞は第1面にその訃報を、そしてスポーツ面に清川正二IOC委員の談話、第1社会面に古橋広之進らの談話を載せた。

 東京五輪、そしてその後のスポーツ界でも大きな存在感があった田畑政治だが、没後は、なぜか「忘れられた存在」になっていった。

 2017年4月、NHKが19年大河ドラマ『いだてん』の制作を発表した時、世間一般だけでなく、朝日新聞のほとんどの社員たちの反応も「田畑政治って誰?」だった。

 社史編修センターでも早速記録を探したが、公刊した『社史』本や新聞社を紹介するパンフレット類には、田畑の水泳界での業績が記されていない。

 もちろん、これまで連載で報告してきたように、田畑の水泳活動は社とは関係ないものだった。社史や社の活動を紹介するパンフには収録すべきではない、という編集判断をしたとしてもおかしくはない。

 ただ、その結果、朝日新聞社にこんな人物がいたという幅広い伝承は途絶えていた。「この人も朝日の社員だった」と社内外に繰り返し繰り返し紹介されるのは、夏目漱石、二葉亭四迷、石川啄木。竹中繁は朝日初の女性記者としてだけ語られるということになってしまった。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

前田浩次

前田浩次(まえだ・こうじ) 朝日新聞 社史編修センター長

熊本県生まれ。1980年入社。クラシック音楽や論壇の担当記者、芸能紙面のデスクを経て、文化事業部門で音楽・舞台の企画にたずさわり、再び記者として文化部門で読書面担当とテレビ・ラジオ面の編集長役を務めたあと、2012年8月から現職。

前田浩次の記事

もっと見る