【8】軍艦マーチ
2019年12月28日
本連載の4回と5回で、「現在の日本は戦後GHQが炭坑節を使って創り上げた」という戦後史ミステリーの謎解きを行なった。
今回は、それとひけをとらない歌謡遺産をめぐる戦後史ミステリーの謎解きの第2弾に挑戦をしてみたい。それは、現在の日米関係に尾を引いているという意味で、前回の「炭坑節と戦後某重大事件」よりもミステリー度が高いかもかもしれない。
時期も内容も異なり一見無関係な「点」に見える2つの事件。唯一の共通点は「ある歌」がからんでいることだが、その2つの「点」をつないで「線」にすると、戦後日米関係の深層に潜む謎が解けるかもしれないのである。その「歌」とは「軍艦マーチ」(正式名称は「軍艦」だが、本稿では俗称で表記する)。2つの「点」とは、終戦直後の東京は有楽町のパチンコ屋と、それから30年後にアメリカで開催された先進国首脳会議(サミット)である。
まずは、今に続く日米関係の深層の一端がほころびを見せた最初の「点」について記す。終戦から6年が経過した昭和26年(1952)春。マッカーサー元帥を司令長官に戴く連合国軍総司令部(GHQ)がいまだ日本を占領統治していたときのことである。
そのGHQ本部からほど近い有楽町駅前のパチンコ店「メトロ」から、突然、「軍艦マーチ」が大音響で流れ出した。それを聴きとがめた丸の内署の警察官はさっそく店主をGHQのMP(憲兵)本部へ連行、御注進に及んだ。
なぜ店主は「軍艦マーチ」をもって事におよび、なぜ丸の内署の警察官は「軍艦マーチ」を流したことで店主をGHQへしょっぴいたのか。まずはそれに至るいささか長い「歴史的背景」を述べる。
そもそも「軍艦マーチ」は、1893年(明治26)発行の「小学唱歌」(巻之六下篇)に、作詞・鳥山啓の「軍艦」として掲載された。折しも、日清戦争の開戦前年。日本が欧米列強の仲間入りの野望を抱きはじめる頃にあたっており、その出自によってこの歌のその後の育ち方は運命づけられていた。以下に1番の歌詞を掲げる。
♪守るも攻むるも黒金(くろがね)の
浮かべる城ぞ頼みなる
浮かべるその城日の本の
皇国(みくに)の四方(よも)を守るべし
真鉄(まがね)のその艦(ふね)日の本に
仇(あだ)なす国をせめよかし
歌詞の前半は、〝戦争を知らない子どもたち〟の私にも馴染みがあり、なんとなく口ずさむことができる。
その後、歌詞はそのままに、横須賀海兵団軍楽隊兵曹長・瀬戸口藤吉によって、1900年と1910年の2度にわたって行進曲風に改作・編曲され、以来、海軍の観艦式や観兵式で演奏されるようになる。ここまでは日本国民の一部の軍人たちのそのまた一部である海軍兵士への「激励歌」でしかなかった。しかし、昭和16年(1941)の開戦をもって、「軍艦マーチ」は「国民的戦時歌謡」へと大きく飛躍する。
同年12月8日、午前7時。ラジオから、突然、日本放送協会(現在のNHK)の男性アナウンサーの「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます」の緊張した声が流れると、
「大本営陸海軍部午前6時発表。帝国陸海軍部隊は本8日未明、西太平洋において、アメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」
と告げられた。そしてこれが繰り返された後、
「本日は重大ニュースがあるかもしれませんから、ラジオのスイッチは切らないでください」
と念が押された。そして、それから4時間半後の午前11時30分、ラジオからは、「軍艦マーチ」が鳴り響くと、大本営海軍部より、「ハワイ、シンガポール、上海などでの戦闘開始」が誇らしげに発表された。
「軍艦マーチ」をうけた大本営発表は、きまって「敵に甚大な被害をあたえ、わが方の損害は軽微」で、さすがに昭和天皇もこれに気づいて、「これでサラトガの撃沈は4度目」と軍部を皮肉ったと伝えられているが、ほとんどの国民は最後の最後まで一片の疑いも抱かず「聖戦の勝利」を信じ続けた。それには、勇壮な「軍艦マーチ」の演出効果が大いに与っていたことは間違いなかろう。
以上の「歴史的物証」からすると、「軍艦マーチ」は、日本の占領統治者となったGHQにとっては「A級戦犯」であり、戦後は「禁歌」とされても当然であった。
実際GHQは、教育・文化・思想の統制のために検閲局を設置、新聞・ラジオなどの報道機関や出版は「事前検閲」をうけ、歌舞音曲も戦前・戦中の「忠君愛国」イデオロギーを助長するとみなされたものは検閲・禁止の憂き目にあった。なかでも「軍艦マーチ」は帝国海軍のテーマソングであり、大本営発表の導入BGMにも使われた経緯からして、〝禁歌〟のはずだった。
実は戦時下の昭和18年(1943)5月29日、「軍艦マーチ」の歌碑(正式には「軍艦行進曲記念碑」)が日比谷公園旧音楽堂前に建立され、その除幕式は、記念演奏会とともにラジオ第一放送で全国にむけ実況中継された。
その碑文には
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