メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

台湾発長編アニメーション『幸福路のチー』の軌跡

民族・文化を超えて広がる共感の輪

叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京造形大学・東京工学院講師

【お詫びと訂正】2019年12月24日に配信した本欄で、『幸福路のチー』を「台湾初の長編アニメーション」としましたが、すでに製作された長編作品があり、「初」は誤りでした。筆者と編集部の確認が不十分でした。お詫びするとともに、タイトルと本文を以下のように訂正しました。(2019年12月25日、「論座」編集部)

●タイトル
台湾初長編アニメーション『幸福路のチー』の軌跡

台湾発長編アニメーション『幸福路のチー』の軌跡

●本文
1970年代以降、日本の「テレビアニメ」は台湾を含むアジア諸国の下請けによって支えられた。台湾の子供たちは、そうした日本製テレビアニメを見て育ったが、自国で長編が作られることはなかった。2004年、エドワード・ヤン監督が台湾初の長編アニメーション『追風』を企画し、日本との合作で進めようと試みたが結局頓挫している。本作によって、受信する一方だった台湾の制作者たちの悲願がようやく成就した。

1970年代以降、日本の「テレビアニメ」は台湾を含むアジア諸国の下請けによって支えられた。台湾の子供たちは、そうした日本製テレビアニメを見て育ったが、自国で長編が作られる機会が極めて少なかった。2004年、エドワード・ヤン監督が台湾初の長編アニメーション『追風』を企画し、日本との合作で進めようと試みたが結局頓挫している。本作の成功によって、受信する一方だった台湾の制作者たちの悲願がようやく成就した。

今年(2019年)11月にようやく第2作目となるロボットアニメ『重甲機神:神降臨』が公開された。

今年(2019年)11月にはロボットの登場する長編アニメーション『重甲機神:神降臨』が公開された。

 11月29日より公開中の台湾初の長編アニメーション映画『幸福路のチー』。公開直後から高評価が相次ぎ、わずか3館で開始された上映が少しずつ全国へと拡大している。

 映画は台湾・台北郊外に実在する「幸福路」で育った女性リン・スーチーの約30年の半生が回想を交えて綴られている。物語の背景は蒋介石の死、民主化運動と政権交代、1999年の大地震など台湾の現代史そのものだ。

 その中で、祖母と娘、母と娘、父と娘、夫と妻、大人と子供、台湾とアメリカ、為政者と民衆――それぞれの立場から「幸福とは何か」がさり気なく語られ、時にすれ違う。そこに明快な結論はなく、誰もが模索の過程「幸福路上」ではないかと優しく示される。線の少ないキャラクターとざっくりと塗り分けられた背景画の素朴な様式、夢のシーンの大胆な画風変化などアニメーションならではの魅力も充分だ。

 本作は世界各地の映画祭で4つのグランプリを含む多数の賞を受賞。民族も文化も世代も異なる観客から「まるで自分の物語のようだ」という感想が数多く寄せられている。作中のキャラクターたちに家族や友人の似姿を見出し、主人公の遍歴に自らの体験を重ねて、深い共感をおぼえるという。実は『幸福路のチー』は、共感の広がりによって完成し、ついに日本公開を果たした稀有な作品と言える。その軌跡を振り返ってみたい。(「拡福隊」番頭)

© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.拡大『幸福路のチー』 © Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

『幸福路のチー』
台湾/111分/2017年 提供/竹書房、フロンティアワークス 配給/クレストインターナショナル [スタッフ]監督・脚本/ソン・シンイン、音楽/ウェン・ツージエ、音響監督/R.T ガオ、美術監督/ハン・ツァイジュン、ジョセリン・ガオ、アシスタントディレクター/ホァン・シーミン、チャオ・ダーウェイ、共同プロデューサー/ガオ・ホァイルー、プロデューサー/シルヴィア・フォン、エグゼクティブプロデューサー/ジェフリー・チェン、主題歌「幸福路上/On Happiness Road」、歌/ジョリン・ツァイ [声の出演]リン・スーチー(大人) /グイ・ルンメイ、チーの父/チェン・ボージョン、チーの母/リャオ・ホェイヂェン、ウェン/ウェイ・ダーション、リン・スーチー(子供)/ウー・イーハン、チーの祖母/ジワス・ジゴウ、ツァイ先生/ソン・シンイン © Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.
[日本語吹替版]演出/中村誠、翻訳/片山寛子、録音調整/東田直子、村越直、録音助手/宮崎愛菜、録音スタジオ/グロービジョン、制作担当/岸田直樹 [声の出演]リン・スーチー/安野希世乃、チーの祖母/LiLiCo、チーの母/八百屋杏、チーの父/藤原満、ウェン/沖浦啓之、ベティ/高森奈津美、ツァイ先生/宇野なおみ、少年シェンエン/小橋里美、アンソニー/佐々木義人 全国順次公開中 公式サイト

台湾初長編アニメーション誕生に至る苦難

 2018年3月、本作は「東京アニメアワードフェスティバル(TAAF)」長編コンペティション部門でグランプリを受賞した。本作の初受賞であり、台湾のメディアでも報じられた。同フェスティバルの日本初上映の際、筆者はモデレーターを務めた。本作は、関係者からも観客からも高い評価を得ており、受賞は必然に思われた。最終日の受賞式で小池百合子都知事からトロフィーを受け取った宋欣穎(ソン・シンイン)監督の笑顔が忘れられない。

 閉会後の関係者パーティで日本語が堪能な宋監督に様々な話を伺った。その際、宋監督は「無名の自分のシナリオに共感してくれた人々の協力抜きに完成はあり得なかった」と語った。

 シナリオは、監督自身の家族との暮らし、新聞記者時代の経験、日米の留学体験などをヒントに執筆。半分事実、半分フィクションを織り交ぜて構成した。台湾には長編アニメーション制作の実績がなく、宋監督は自らスタジオを新設した。資金集めもスタッフ集めも困難の連続で、何度も挫折しそうになったが、そのたびに協力者が現れて完成させることが出来たという。

 チーの声を演じた女優グイ・ルンメイと主題歌を提供したシンガーソングライターのジョリン・ツァイは、共に「自分の物語のようだ」とオファーを快諾した。台湾を代表する2大スターの参加は、対外的に作品のクオリティを保証し、作品制作の看板的役割も果たした。映画は4年の歳月を費やして完成した。

© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.拡大『幸福路のチー』 © Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

 しかし、2018年1月からの台湾公開時の興行成績は振るわなかった。台湾の若い観客たちにとって長編アニメーションはアメリカや日本のヒット作品のように、異世界へ誘われるファンタジーのイメージが支配的であった。先の「東京アニメアワード」に台湾から参加していた若手アニメーター達に話を聞く機会があったが、本作については否定的で「地味過ぎる」「日本のようなアクションやファンタジーを作りたい」と口々に語っていた。つまり、現実を描いた作品に魅力を見出すことが出来ず、共感が成立しなかった。

 グランプリを受賞した良作とはいえ、ヒットの実績もなく、スタッフ、キャラクター、ストーリーなど全てにおいて知名度ゼロである本作の日本公開は、本国以上に「イバラの道」であると思われた。それでも筆者は日本で公開されるべきだと考えた。本作が日本公開されることには特別な意義があるように思われた。


筆者

叶精二

叶精二(かのう・せいじ) 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京造形大学・東京工学院講師

映像研究家。亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京造形大学・東京工学院講師。高畑勲・宮崎駿作品研究所代表。著書に『宮崎駿全書』(フィルムアート社)、「『アナと雪の女王』の光と影」(七つ森書館)、『日本のアニメーションを築いた人々 新版』(復刊ドットコム)、編著に『ルパン三世 PART1 絵コンテ集 「TV 1st series」秘蔵資料コレクション』(双葉社)、共著に『王と鳥 スタジオジブリの原点』(大月書店)、『マンガで探検! アニメーションのひみつ』(全3巻、大月書店)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

叶精二の記事

もっと見る