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[2019年 映画ベスト5]回想する作品たち

助成金取り消しという「文化弾圧」に鈍い反応の映画関係者

古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

1.『アイリッシュマン』(マーティン・スコセッシ監督)
2.『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(クエンティン・タランティーノ監督)
3.『帰れない二人』(ジャ・ジャンクー監督)
4.『幸福なラザロ』(アリーチェ・ロルヴァケル監督)
5.『運び屋』(クリント・イーストウッド監督)
次点:『さらば愛しきアウトロー』(デヴィッド・ロウリー監督)、『アマンダと僕』(ミカエル・アース監督)、『よこがお』(深田晃司監督)、『ひとよ』(白石和彌監督)、『タロウのバカ』(大森立嗣監督)
映画祭上映:『大学-At Berkeley』(フレデリック・ワイズマン監督)、『停止』(ラヴ・ディアス監督)、『気球』(ペマツェテン監督)
話題:『新聞記者』『i―新聞記者ドキュメント―』の公開と『宮本から君へ』の製作助成金取り消し

 今年公開された映画のなかで心に残った作品を振り返った時、老人や中年が昔を思い出す映画が多いのではないかと気がついた。それも、ドラマチックにではなく、だらだらと、とりとめもなく思い出す。Netflix(ネットフリックス)製作で209分の長さを持つ『アイリッシュマン』はまさにそんな映画だ。1950年代から現代まで、トラックの運転手でありながら裏仕事で人殺しをしたフランク(ロバート・デ・ニーロ)の生涯を、老いた本人のナレーションでえんえんと展開してゆく。

 冒頭、カメラは老人介護施設にいる老いたフランクを映し出す。フランクは頼りにしていた裏社会のボス、イタリア系のラッセル(ジョー・ペシ)との1975年の夫婦帯同の旅行を思い出し、さらに20年以上前にさかのぼる。トラックが故障した時にラッセルと出会い、それからだんだん裏仕事として殺人を請け負う。フィラデルフィアのマフィアのボス、ブルーノ(ハーヴェイ・カイテル)やトラック運転手組合委員長のジミー・ホッファー(アル・パチーノ)を紹介されて友情を結ぶ。しかしジミーには敵が多く、彼は投獄に追い込まれる。

 ほかにも何十人もの怪しげな男たちが出てくるが、多くは出てきた時に死んだ日や死因が文字で出てくる。まるで『仁義なき戦い』のよう。それぞれのエピソードが妙におかしいが、次にはつながらない。大きなアクションシーンはほとんどなく、男たちが出てきては喧嘩をして消えてゆく。スコセッシ特有の華麗な映像や主観ショットも少なく、クールに進む。このとりとめのなさは、確かにネットフリックスでないと難しいかもしれない。

 デ・ニーロは20代から80代までを演じるが終盤の施設に入ってからのシーンが泣けてくる。車椅子を引いてもらって自分の棺桶や墓を買いに行ったり、銀行に勤める娘ペギーに会いに行って断られたり。だんだん終わるのが惜しくなったところで映画は終わる。デ・ニーロは施設で部屋から出てゆく人(カメラ)に「戸は少し開けといてくれ」と頼む。今年77歳のスコセッシの遺書のような映画だった。

『アイリッシュマン』(マーティン・スコセッシ監督)=Netflixの公式サイトより『アイリッシュマン』(マーティン・スコセッシ監督)=Netflix(ネットフリックス)の公式サイトより

 「とりとめのない」のは、1969年のハリウッドを描く『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』も同じ。テレビで有名な俳優、リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)と専属のスタントマン、クリフ・ブース(ブラッド・ピット)の話だが、この2人のドラマが盛り上がらない。

 苦悩するリック・ダルトンのドラマかと思ったら、飄々と生きるクリフがたっぷり出てくるし、それ以上にリックの隣に住む若きロマン・ポランスキー監督が出てきたのにびっくり。途中から彼の妻のシャロン・テート(マーゴット・ロビー)を追いかけ、彼女が自分の出ている映画を見に行く場面を長々と見せる。

 リックとクリフが行く「プレイボーイ」のパーティにはスティーヴ・マックイーンがいるし、撮影所にはブルース・リーが出てきてクリフと決闘をする。そしてあちこちに当時の映画の看板やポスターも出てくる。映画はまるで当時の転換期のハリウッドの風俗を見せるかのようにだらだらと進むが、これが妙に気持ちがいい。

 実はこの映画はマンソン事件として知られるヒッピーたちによるシャロン・テートの殺害を扱ったものだとわかるのは、終盤に来てから。いったい何を言いたかったのかよくわからないけれど、落ちぶれてゆくハリウッドの姿を50年後に振り返ると、まだまだよかった時代に思えてくる。タランティーノ監督は今年56歳だけに、現代史を楽観している感じがする。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のシーンから=〓ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(クエンティン・タランティーノ監督)=ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント提供

ノスタルジア、時代の変容……

 この2作と同じような回想ものでも、今年49歳のジャ・ジャンクー監督の『帰れない二人』は青春への痛切なノスタルジアに満ちている。映画は2001年から18年までの中国各地を舞台に、別れられないやくざの男ビンとその女チャオを描く。

 チャオを演じるチャオ・タオは監督のパートナーで2本目の長編『プラットホーム』(2000)以来、『青の稲妻』(2002)から『長江哀歌』(2006)、『山河ノスタルジア』(2015)など、この監督のすべての映画に出ている。彼女がこれまでの映画の舞台になった大同、三峡ダム、新疆を彷徨(さまよ)う姿は時代の流れを感じさせて痛々しいが、これからも年を重ねる彼女と変わりゆく中国を舞台に映画を撮り続ける監督の意思表明にも見えた。

 時おりはいる「Y.M.C.A.」や

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