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お年寄りの「徘徊」を芝居にする

主演は88歳。上演までの道行き/高齢者、認知症と楽しく生きる俳優の覚え書き(4)

菅原直樹 俳優・介護福祉士

ファインダー越しに見えた祖母の世界

介護と演劇拡大『よみちにひはくれない』の上演で、岡田忠雄さん(右)と筆者が街を歩く

 話はさかのぼるが、僕自身も大学生の頃に認知症の祖母の徘徊に付き添ったことがある。

 大学でのドキュメンタリー映画の講義がきっかけだ。夏休みに「身内の戦争体験をインタビューしてビデオカメラで記録する」という課題が出て、母方の祖母は広島出身で被爆者だったので、帰省しているときに祖母から話を聞こうと思った。

 しかし、久しぶりに会った祖母の認知症は急速に深まっていた。ドキュメンタリーのテーマは「戦争」から「認知症」に変わった。

 祖母が少女のように頬を赤く染めて、デイサービスで知り合った高齢男性の魅力を語る姿を、僕はビデオカメラで撮り続けた。しばらくすると、外から車が通る音がする。祖母は「あら」と言って、玄関を出て行く。その高齢男性が自分を迎えに来たと思っているのだ。これが徘徊の始まりだ。

 祖母の高齢男性に対する片思いの話は、家族としてはあまり聞きたい話ではない。家族は、臭いものに蓋を閉めるような感じで、適当な相槌を打ったり、話を変えたりしていた。外に出ようとしたら、真っ先に玄関に鍵をした。

 しかし、その時、僕はドキュメンタリー作家になっていたので、外に出る祖母を止めようとせずに、カメラを構えてあとを追った。高齢男性が迎えにくる、というのは祖母の妄想だ。しかし、ファインダー越しに祖母を追っていると、もしかしたら本当に高齢男性が迎えに来るのかもしれないと思った。祖母の見ている世界がこちらにも広がってきたのだ。

 背筋が凍るような、でも胸が高鳴った、あの瞬間が忘れられない。徘徊を切り口に、認知症の人の見ている世界を演劇体験として観客と共有できる作品が作れたら、と思った。

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筆者

菅原直樹

菅原直樹(すがわら・なおき) 俳優・介護福祉士

1983年宇都宮市生まれ。 「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。 2010年より特別養護老人ホームの介護職員として勤務。12年、東日本大震災を機に岡山県に移住。認知症ケアに演劇的手法を活用した「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開している。 18年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞(芸術振興部門)を受賞。

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