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老いと演劇という「狂気の旅」へ

「舞台が命」の気迫に巻き込まれ/高齢者、認知症と楽しく生きる俳優の覚え書き(5)

菅原直樹 俳優・介護福祉士

人が「役を得る」ことの意味

 稽古の日々、岡田さんは出会った頃よりも生き生きとしているようだった。

 岡田さんは舞台に出演することによって、まさに役を得たのだ。それは、舞台だけではなく、実生活においても。

 稽古の時に岡田さんが10年前に書いた新聞の投書を読ませてくれたことがあった。タイトルは「脇役スターを命のある限り」、今村昌平監督の映画にエキストラで出演した経験を綴っている。

介護と演劇拡大岡田忠雄さんの投書。2004年12月4日付けの朝日新聞「声」欄に掲載された
 新聞の投書には、肩書き、名前、居住地、年齢が記載されているのだが、その投書にはこのように記載されていた。

 「フリーライター 岡田忠雄 岡山市 78歳」

 岡田さんはフリーライターだったのか、と驚いて聞いてみると、そのような仕事はしたことがないと言う。これは立派な詐称だ。新聞の投書を書いたからと言って、フリーライターを名乗ってはいけない。

 しかし、話を聞いてみると、要は、「無職」と書きたくないという思いから出た苦肉の策だったようだ。

 この気持ちは岡田さんだけではなく、高齢者は皆持っているのではないだろうか。

 子供が巣立ち、定年退職をし、高齢者はどんどん役割を奪われていってしまう。特に認知症になってからは、家庭でも役割を奪われていってしまう。歳を取っても、認知症になっても、人は生きている限り何らかの役割を持ちたいのではないか。

 介護の仕事をしていて、大切だと実感したのも、まさに役割についてだ。食事の介助、排泄の介助、入浴の介助など、介護職員には大切な仕事があるが、一方で、そのお年寄りに合った役割を見つけることも大切な仕事なのではないか。その人の人生のストーリーに耳を傾け、今の状態を把握して、そのお年寄りに合った役割を見つける。

 お年寄りは自分に合った役割を見つけるといきなり輝き出す。たとえ認知症だったとしても、介護職員が驚くような身体能力や認知機能を発揮する。寝たきりだと思っていたおじいさんがラジオ体操の音楽が流れると体を動かし始めた。そのおじいさんのかつての肩書きは「体育教師」だった。

 人はいくつになっても、どんな病気であっても、どんな障害があっても、自分に合った役割を見つけると、いきなり輝き出す。「もう自分は生きててもしょうがない」と心が折れたとしても、役割を見つければ「よし、もうちょっと頑張ってみよう」と心を奮い立たせる。僕は介護の現場でそう言ったお年寄りを何人も見てきた。

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筆者

菅原直樹

菅原直樹(すがわら・なおき) 俳優・介護福祉士

1983年宇都宮市生まれ。 「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。 2010年より特別養護老人ホームの介護職員として勤務。12年、東日本大震災を機に岡山県に移住。認知症ケアに演劇的手法を活用した「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開している。 18年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞(芸術振興部門)を受賞。

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