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[神保町の匠]2019年の本 ベスト3(4)

『夢も見ずに眠った。』『8050問題の深層』『分解者たち』『セロトニン』……

神保町の匠

渡部朝香(出版社社員)
猪瀬浩平『分解者たち――見沼田んぼのほとりを生きる』(生活書院)
 いまこの時代に言葉を受け取れることを心から感謝する書き手のひとりに、藤原辰史さんがいる。藤原さんが今年上梓した『分解の哲学――腐敗と発酵をめぐる思考』(青土社)は、生産をよしとする価値を転倒させ、統治をすりぬける「分解者」を描いた、愚直にして鮮やかな叛逆の書だった。その志と「分解」という言葉を共有する『分解者たち』も、猛烈な魅力をそなえた一冊だ。著者・猪瀬さんの兄には障害があり、一家は障害者運動と埼玉の見沼田んぼの開発問題が交錯する場で模索を続けてきた。猪瀬さんは家族の歴史を見つめなおすのと同時に、研究者として調査を踏まえ、見沼田んぼと周辺地域に生きるものたちの来し方を掘り起こす。障害のある人や朝鮮半島をルーツにする人もいれば、野宿者もいる。人間ではない生きものもいる。「とるに足らない」とされたものたち、どこにでもありそうな世界の、かけがえのなさ。論文とエッセイの間で揺れるかのような表現は、言葉にしがたいものを言葉にする悶えのようでもあり、だからこそ切実に届く。自分が生きる場所の分解者たちを感知せよとの呼び声が聞こえる。

猪瀬浩平『分解者たち――見沼田んぼのほとりを生きる』(生活書院)拡大猪瀬浩平『分解者たち――見沼田んぼのほとりを生きる』(生活書院)

レベッカ・ソルニット『迷うことについて』(東辻賢治郎訳、左右社)
 移民だった曾祖母、酷いことに遭った幼少期の家、早世した友人、かつて愛した男――。個人の経験と歴史を撚り合わせて論を展開するソルニットの著作のなかでも、この本はとりわけ私的な語りとポエジーが際立つ。青についての論考も収められ、ブルーな憂愁が立ち込めているが、そこに貫かれているのはジョン・キーツの思考、「偉大な達成をつくりだす資質は〔略〕不確実な状況や謎や疑いのうちにとどまっている能力、消極的能力(ネガティブ・ケイパビリティ)」だ。ソルニットはいう、個人的な小さな物語は世界の大きな物語とマトリョーシカのような入れ子になっている、と。「作家、歴史家、アクティビスト」というソルニットのプロフィールを敬愛する。わたしも、だれしも、そうであれたら。
[書評]レベッカ・ソルニット『ウォークス』

エドゥアルド・ガレア―ノ『日々の子どもたち――あるいは366篇の世界史』(久野量一訳、岩波書店)
 出会ったばかりの本だが、すっかり魅了された。1月1日から366日、その日にまつわる一話が収められている。はるか古代からごく最近まで、隠された蛮行、顧みられることのない出来事、勇敢に抗った人たちなどの、小さな歴史の数々。ウルグアイ出身のガレアーノは、ジャーナリストとして投獄され、亡命に追い込まれた。ローザ・ルクセンブルクの命日の1月15日には、こう書かれている。「ローザは、自由の名のもとに正義がないがしろにされたり、正義の名のもとに自由がないがしろにされたりすることのない世界を望んでいた。毎日、誰かがその旗を拾い上げる。泥に落ちた、その靴のように」。

高橋伸児(「論座」編集部)
ミシェル・ウエルベック『セロトニン』(関口涼子訳、河出書房新社)
 農業食糧省に勤務する中年の「ぼく」は、交際している日本人女性が乱交パーティーに出ていたことを知る。これを一つのきっかけに彼女から“蒸発”し、抗鬱薬を服用しつつ、フランス国内を彷徨する。絶望の闇を抱えた道行きの途中、かつて関係をもった女性たちを回想し――性的な快楽の記憶も交えて――再会を求めさえするが、むろん彼女らも人生の澱を抱えながら生きていた。そこに欧州の一体化とともに衰退する農業を営む旧友の自暴自棄が錯綜する。フランスにイスラム政権が樹立される近未来を描いた前作『服従』は、シャルリー・エブド襲撃事件の日に発売され、「予言の書」として衝撃を与えたが、本作も、人間の個人主義、ニヒリズム、孤独、退廃とグローバル社会の行き着いた果てを活写したリアルと「予言」に満ちている。読んでいて陰々滅々となるが早々に再読したくなるほど魅惑的なのはなぜなのか。

ミシェル・ウエルベック『セロトニン』(関口涼子訳、河出書房新社)拡大ミシェル・ウエルベック『セロトニン』(関口涼子訳、河出書房新社)
連載 近未来小説の傑作『服従』を精読する

横田増生『潜入ルポ amazon帝国』 (小学館)
 上記『セロトニン』の一つの軸であったグローバル化の表象がアマゾンだ。今や買えない商品がないほどで社会的インフラとさえ言えるだろう。創業者ジェフ・ベゾスが大河にちなんだ社名そのまま、世界の資本主義市場をのみ込んでいるのだ。著者は15年ぶりにアマゾンの物流センターで働き、配送トラックに同乗し過酷な労働を実体験する。さらに、この巨大企業の租税回避の方策やフェイクレビューのからくりも暴露しつつ、アマゾンプライム、マーケットプレイス、アマゾン・ウェブ・サービスという経営3本柱の実態を検証する。読みながら、この会社の凄まじい強欲体質に驚きながらも、もはや現代人は「アマゾンとともに生きる」しかないと観念する(著者自身がアマゾンのヘビーユーザー)。ではどう生きるか、そのための膨大な情報と方策が本書にある。
労働現場に潜入取材した海外の優れたルポを読む

湯澤規子『7袋のポテトチップス――食べるを語る、胃袋の戦後史』(晶文社)
 いくらアマゾンで生鮮食料品まで買えるようになっても、「食べる」という人間の根源的な行為は綿々と続いていく。しかし、かつて五感を総動員して味わってきた食が、栄養素やエネルギー、カロリーという数値に還元され、「頭で食べる」人たちが増えているのだ。戦前から現在まで、貧しかった食生活から飽食に至る食の風景を味読しつつ、「GAFA」という怪物が、人々の行動様式や感覚の変容を強いていることまであらためて考えさせられた。

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