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必見! 『丹下左膳余話 百万両の壺』は“神品”

ユーモアと人情、絶妙に転がるドラマ

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

脳髄がしびれるほど素晴らしい演出と画面

 こうした、プロットの緻密さや考え抜かれた小道具――壺だけでなく、招き猫、弓の的、達磨(だるま:矢場の景品)、小判、竹馬、望遠鏡など――の使い方に加えて、というか、それらと混然一体となった山中貞雄の演出や画面づくりが、脳髄がしびれるほどの素晴らしさだ。

 たとえば、左膳とお藤やちょび安が壺を間に置いて腰かける縁側を、あるいは後ろ姿のちょび安が壺を脇に置いて一人腰かける縁側を映す引きのショットの、的確極まりない鮮明さ、あるいは三味線を爪弾いて唄うお藤を写すカメラが、ゆるやかに移動して弓矢が刺さった幾つもの大小の丸い的をとらえる矢場のショットの、なんという艶麗(えんれい)さ。また、壺や招き猫や達磨を句点のように写す無人ショットの、あるいは源三郎の恐妻・萩乃(花井蘭子)が、矢場で夫がお久と親しげにしているところを、屋敷から望遠鏡で目撃する(!)ショット連鎖の、恐るべき冴え。さらにまた、自分は左膳らのお荷物なのでは、との思いから、矢場を去ったちょび安が壺を抱えてしょんぼり歩く川沿いの道のショットの、胸に迫る哀切さ。あるいはさらに、源三郎の道場にやって来た左膳が、ぴょんと跳び上がったり素早く駆けたりしながら、左手に持った木刀を振るって何人もの強者(つわもの)を次々に倒し、しかし源三郎には八百長で負ける(!)立ち回りシーンの、なんたる躍動感とユーモア……。

 だがそれにしても、本作における、流れるようにリズミカルなテンポのモンタージュ/編集、あるいは緩急自在のチェンジ・オブ・ペースによるカット展開は、とりもなおさず、天才・山中貞雄にしか撮れない画面連鎖だ。また、役者の顔のクローズアップが極端に少ないことも、余計な心理説明を避ける聡明な山中演出の特徴のひとつである。

 『百万両』はまた、左膳とお藤が意地を張りあう、喧嘩友達的カップルをめぐるコメディー映画でもある。へそ曲がりの二人は

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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