超有名なお酒好きの大先輩を偲んで、一杯
彼は音楽ができる人なら誰にでも優しく接し、そして誰よりも美しく奏でた
ミン・ヨンチ ミュージシャン 韓国伝統音楽家
ロッキー山麓の忘れられない夜
アメリカのコロラド州。周囲を赤い岩に囲まれたロッキー山脈の麓。まるでアメリカの映画にでも出てきそうな、何マイル先まで何もない田舎のモーテルだった。
訪れる時期が毎年かわらず6月中旬なのは、一年に一回、韓国からアメリカに養子縁組で渡米した子どもたちのルーツ探しのキャンプ(ヘリテイジ・キャンプ)が開催され、私は韓国伝統音楽のワークショップをしに行くからだった。
およそ20年位前、「スルギドゥン」という韓国国楽室内楽団で、いかにも映画に出てきそうなアメリカのモーテルに泊まった。そして事件が起きた。
1日のスケジュールを終えて、15人くらいで、2階にある一つの部屋で楽しく打ち上げていた。
さすが韓国のミュージシャンたち、よく飲む!!
2時間、3時間……時差も相当あるのに、宴会は終わらない。まだ私は20代で、その中では下から2番目に後輩であり、根をあげることはご法度で、負けずに、頑張った。
その時。部屋に強いノックが。
モーテルのマネージャーだった。
私たちは、てっきり打ち上げで騒ぎすぎて、周りから苦情がきたのだと思った。
だが、違った。
マネージャー曰く、「絶対に外には出ないでください!い、今、外で銃を持った人が、ホテルの前にいますから!!」。
えっーー!! なに――っ!!! アメリカー!!
えらいこっちゃ、と思った。

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よく聞いてみると、以前、このモーテルの従業員だった人が、クビにされて、それに腹を立てて、1階のロビーの外で銃を構えておどしているということだった。
もう、びっくりして、みんな一瞬凍った。
けどけど、なんと、なんと! 打ち上げの最中、部屋の中なら安全!と、それでもみんな飲み続けた。
間もなく、アメリカの何台ものパトカーのサイレン音。
警察来たから、もう大丈夫だよ!なんて、言いながら打ち上げは終わらない。
その時である。
スルギドゥンのリーダー、イ・ジュノさん。彼は格別のお酒好き。業界でも超有名。
「ヨンチ!ロビー行って、ビール買って来い!」と。
「いや、あの、イ・ジュノ先輩、お話聞いてませんでしたか? 外には出るなと……」
「知ってる! それがどうした! 大丈夫や! 弾くらいよけれる! 早く行け! ビールがない!」
韓国の業界は上下関係が鉄則!! こうなると、どうにもならない……。
意を決し、私はビールを買いに行くことに。
私は、四つん這いになって、2階の外廊下を進み、階段を下り、ゆっくりと、1階のロビーまで。ロビーに着くと、ロビーの従業員が「何してるんだ! 部屋にいて!」。
「ち、違うんです。ビール、ビール買いに来ました」
「オーマイガッ!!」
「そう、オーマイガッ! でも酒持って行かないと、私も殺される……」
それでも、ビールを10本くらいもらって、帰りも四つん這いで、2階の外廊下を這っていると、銃声が!! 思わず、地面に寝転んで、そしてピューマ並みの速さで、部屋にかえった。
――その銃声は、その元従業員がその場で自殺した銃声だった。