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江國香織さんと読む「がまくんとかえるくん」

友情とも恋愛ともいえる「こんな関係があっていいじゃない」という物語

前田礼 市原湖畔美術館館長代理/アートフロントギャラリー

こんな関係があったっていい

拡大がまくんとかえるくん」シリーズの4冊(文化出版局)
 江國さんは海外の絵本の翻訳も膨大に行っていて、『絵本を抱えて部屋のすみで』(新潮文庫)という絵本をめぐる珠玉のエッセイ集も出している。「がまくんとかえるくん」シリーズは、学生時代に「童話屋」という児童書専門店でアルバイトをしている時、つまり、江國さんが大人になってから出合った絵本である。

 『ふたりはともだち』『ふたりはいつも』『ふたりはいっしょ』『ふたりはきょうも』の4冊で、緑色のカエルと茶色いガマガエルの友情がヴァリエーション豊かに、詩的にユーモラスに描かれている。

 この絵本の作者、アーノルド・ローベルはゲイだった。絵も文もかく才人で、アメリカで最も優れた児童書に捧げられるコルデコット賞も受賞している。同業の妻と何冊もの絵本を出し、子や孫にも恵まれた。しかし40歳を過ぎ、自分はゲイだと家族に告げ、54歳の時にエイズで亡くなった。

 ふたりのカエルの関係は、友情とも恋愛とも言えるのだろう。江國さんはその風通しのよさに惹かれると語った。

 ふたりは別々に住み、ひとりになると相手のことを様々に思いやる。たとえば、小学校の国語の教科書にも載っている「おてがみ」は、1回も手紙をもらったことがないがまくんを喜ばせようと、かえるくんが手紙を書くが、かたつむりに配達を頼んでしまい、いつまでも届かない、という話。江國さんが一番好きだという「おちば」は、それぞれが相手に内緒で互いの家の前にたまった落葉を掃除して自宅に戻るのだが、どちらの落葉も風に舞い、掃除がされたことに気づかない。それでもふたりは相手が喜ぶ顔を想像して幸せな眠りにつく、というお話だ。

 二作とも相手を思う気持ちが空回りしてしまう話なのだが、それゆえに一層、自分が誰かに必要とされていることの大切さ、誰かをおもうことの温かさが静かにやさしく伝わってくる。そして、「こんなふうだったらいいな」、「こんな関係があってもいいじゃない」と思うのだ。

 それは江國さんが描く作品世界とも響きあう。

“恋愛”を超えて

拡大江國香織さん
 江國さんの代表作のひとつ『きらきらひかる』は、まさしく「こんな関係があってもいいじゃない」という小説である。アル中の妻と医師であるゲイの夫とその恋人の大学生の奇妙な三角関係の物語なのだが、これを読み始めた私は思わず、「大島弓子の『バナナブレッドのプディング』じゃないの!」と叫びそうになった。

 ティーンエイジャーだった私がバイブルのように読みふけったその漫画は、″世間にうしろめたさを感じている男色家の男性″と偽装結婚して、“夫”とその恋人を守る“カーテン”になることに自分の居場所を見出そうとする少女「イライラの衣良」のシュールな成長譚である。

 しかし『バナナブレッド』が、ふたりが対となる“恋愛”を受け容れることで主人公が自分の性と生を肯定していく結末だったのに対し、『きらきら』はもっと先をいっていた。妻・笑子は、傷つきながらも、二者で閉じてしまうのではない、三者が互いを思い合ってあり続ける関係をつくろうと奮闘するのだ。その姿は素っ頓狂だが、自由で、痛々しくも、愛おしい。


筆者

前田礼

前田礼(まえだ・れい) 市原湖畔美術館館長代理/アートフロントギャラリー

東京大学大学院総合文化研究科博士課程(フランス語圏カリブ海文学専攻)在学中より「アパルトヘイト否(ノン)!国際美術展」事務局で活動。アートフロントギャラリー勤務。クラブヒルサイド・コーディネーター。市原湖畔美術館館長代理。「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」「ヨーロッパ・アジア・パシフィック建築の新潮流」等の展覧会やプロジェクトに関わる。『代官山ヒルサイドテラス通信』企画編集。著書に『ヒルサイドテラス物語―朝倉家と代官山のまちづくり』(現代企画室)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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