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「スカーレット」、ちゃぶ台を返す父と娘の自由

矢部万紀子 コラムニスト

 ちゃぶ台をひっくり返すという行為は、何を表しているのだろう。NHK朝ドラ「スカーレット」前半を見ながら、大いに考えた。

 ヒロイン・川原喜美子(戸田恵梨香)の父・常治(北村一輝)が、しばしばひっくり返すのだ。ヒロインが成長するにつれ、ひっくり返すとわかるや否や反対側からグッと抑えて阻止するようになった。だからヒロイン目線のちゃぶ台は、父との力関係の変化を表すバロメーターだった。だが、父親側からは何を読み解けばいいのだろう。

 常治は酒飲みだ。体の弱い母・マツ(富田靖子)の医者代にこと欠くような家なのにお酒を飲みまくり、ちゃぶ台をひっくり返す。戦後の昭和が舞台だが、その頃でも決してほめられる行為ではなかったはずだ。なのになぜ「スカーレット」は父親に、ちゃぶ台をひっくり返させるのだろう。

 原点は、「巨人の星」の星一徹だろう。ちゃぶ台を返し、幼い息子に大リーグボール養成ギプスを強制する。つまり己というものを押し付けることにためらいがなく、その名の通りの頑固者。だが「血の汗流せ、涙をふくな」と育て、飛雄馬を「巨人の星」にするという「成果」を残した。

 となると常治も、ヒロイン喜美子という「成果」をいずれ残す。そのシグナルが、ちゃぶ台返しなのだろうか。喜美子が「女性陶芸家」になることは、放送開始前から明かされている。その芽を作るのが、父・常治。己を押し付けることにためらいなく、頑固一徹な常治の性格が、喜美子を大成させたのです、と。

「スカーレット」拡大「スカーレット」の第1週より。琵琶湖にやってきた川原一家

 とは言っても「巨人の星」の昭和どころか平成も終わり、令和になってから始まった朝ドラだ。横暴な父を描くのは、かなりの計算あってのことだろう。つまりあえて「そうまでしてしまう」演出をした。「そうまでしてしまう常治」って憎めない、彼の愛情って深いよね。そう思わせようしたのだろう。その集大成が、前半最終週、2019年12月25日に放送された常治の死の場面だったと思う。

 寝たきりの常治のところに、家族と親しい一家が集まる。「みんなの心、よー伝わった」と声を振り絞った常治が、「疲れた」と人払いするところでプーっとおならをする。みんなを笑わせたあと、常治が喜美子だけを呼び戻す。「頭、なんかついてる」と言い、近づいてきた喜美子の頭をポンポンとゆっくり何度も叩く。「ほな、またな」。それが最期の言葉。

 北村一輝の達者な演技で自然に見えたけれど、演出の意図をはっきり出し過ぎでこっちが照れ臭くなった。家族への感謝のようなことを口にした照れを、笑いでごまかす。用事があるふりをして、愛を伝える。常治は威張っているようだけど、愛情たっぷりの家族思いの父親ですよー。

 ここまで書いてきて今さら感はあるが、はっきり書いておこう。常治のちゃぶ台返しを見るたび、イラッとした。あれこれ分析はしても、常治という人はいただけなかった。これは完全に好みの問題だ。私は常治のような男が好きではない。それだけのことだと承知の上で、その理由などをもう少し書かせていただく。

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筆者

矢部万紀子

矢部万紀子(やべ・まきこ) コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長をつとめた後、退社、フリーランスに。著書に『美智子さまという奇跡』(幻冬舎新書)、『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)。最新刊に『雅子さまの笑顔――生きづらさを超えて』(幻冬舎新書)

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