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『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の発見

誰かの身代わりとしての私

菊地史彦 ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

1. 増補されたリンの物語

 この映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は、2016年11月に公開された『この世界の片隅に』をベースに約40分、250余のカットを増補した姉妹作です。片渕須直(かたぶちすなお)監督は、「映画的実験であり、まぎれもなく完全新作」と劇場公開を間近にした宣伝会議でこう述べたそうです。

 “増補”されたのは、前作で少しだけ触れられた白木リンの物語です。朝日町遊郭の「二葉館」の遊女であるリンは、主人公北條すずの夫、周作とかつて店で知り合い、心を許す関係にありました。リンはその秘密をすずに隠したまま、二人は友情で結ばれていきます。

『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』拡大『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』 花見の日に樹上で会話するすず(左)とリン=東京テアトル提供

 こうの史代の原作を知る観客は、前作でリンの話が割愛されていることに気付いていましたが、不満を持つことはなかったと思います。すずが、リンの身元証は周作の手になるものであると気づく場面は、私自身も過不足ない省略法と感じていました。

 ですから本作パンフレットの冒頭に、片渕監督の「映画的実験であり、まぎれもなく完全新作」という上記の文言を認めたとき、少々鼻白んだのは事実です。前作を夢中になって繰り返し見た者にとって、監督の言葉は軽い宣伝臭を感じさせるものだったからです。

 それでも見慣れた前半のシーンを巡り、すずがすいかやハッカ糖の絵を持ってリンを再訪する追加シーンに辿りついて、ようやく「新作」の意図がこちらにも伝わってきました。前作では半分方、すずの嫉妬の対象と捉えられていたリンが、本作ではすずの深い理解者、支援者として立ち現れてくるからです。前作ではさほど強調されなかった二人の女性の友情が前景にはっきり押し出されています。

 しかもそのリンは独特な観察眼で、戦時下の国家主義的な女性観や家族観を批評し、同時に居場所を失う不安に苛まれるすずを激励します。「誰でも何かが足らんぐらいでこの世界に居場所はそうそう無うなりゃせんよ」というフレーズは前作よりずっと明瞭な輪郭を持って届いてきました。

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筆者

菊地史彦

菊地史彦(きくち・ふみひこ) ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

1952年、東京生まれ。76年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、筑摩書房入社。89年、同社を退社。編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立。企業の組織・コミュニケーション課題などのコンサルティングを行なうとともに、戦後史を中心に、<社会意識>の変容を考察している。現在、株式会社ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。著書に『「若者」の時代』(トランスビュー、2015)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)など。

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