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「リアルな貧困」を立体的に活写する2冊の本

自己責任論のしわ寄せを子どもに及ぼさないために

佐藤美奈子 編集者・批評家

まずご飯を食べさせないと

 このような『ぼくはイエローで~』において、格差社会ならではの貧困が痛切に伝わる挿話がある。

 著者一家が住む地域にある「元底辺中学校」に入学した息子が、登校初日の帰宅後、こんなことを言うのだ。

 「休憩時間に教室で何人かの子と喋ってたんだ。『どんな夏休みだった?』って聞いたら、『ずっとお腹が空いていた』と言った子がいた」

 この言葉は、ゼロ年代のイギリスで誕生したある語を、「腫(は)れ物に触るようなポリティカル・コレクトネス(PC)で回避しておけば解決できる問題ではない」、「問題の根元にあるのは、リアルな貧しさだから」と著者が釘を刺した直後に、例として置かれる。ある語とは、「チャヴ」である。オックスフォード英英辞典で「無礼で粗野な振る舞いに象徴される下層階級の若者」と定義され、著者宅のすぐ近くにある高層団地に住むような「白人労働者階級の総称として使用されてきた」という。

 著者一家が暮らすのは、いわゆる「荒れている地域」で、「住人の国籍も階級もまだら状態になった住宅地」。その近くの高層団地に、「ずっとお腹が空いていた」と語った少年ティムは暮らしている。ティムは4人兄弟の3番目で、ガリガリに痩せており、母親はシングルマザー。すぐ上の兄は学食で万引きばかりしていて、一番上の兄はドラッグのし過ぎで死にかけたことがある。さらに母親は「うつ気味でたくさん薬を飲んでいる」。

 著者の息子やティムが通う中学校は、かつて、地域の学校ランキングでいつも底辺にあった。全国一斉学力検査の平均点や卒業生の進学率が非常に低かった、ということだ。それが、積極的に音楽やダンスをさせたり、生徒の意欲を尊重する教育方針に切り替えたことで学業成績まで上がり、今ではランキング中位にまで浮上した。校長をはじめ学校サイドも生徒たちを誇りにしていて、さらに盛り立てていこうとする雰囲気が醸成されている。「元底辺中学校」の「元」とはこういう事情を指して使われている。

「朝食クラブ」で籠に盛られた果物やミニパンケーキなどを食べる児童ら=英国・ブラックプール拡大どんな家庭の子どもでも自由に朝食が食べられる「朝食クラブ」=英国・イングランド北西部の町、ブラックプールの小学校で

 ただ、こうした上向き、前向きな空気が学校にある一方で、貧困や人種差別の問題が潜在していることに変わりはない。国籍も階級も「まだら」な地域に住む子たちが通う学校であるため、全員が貧しいわけでなく、だからこそ貧困を負い目に感じ隠そうとする子もたくさんいるのだ。そういう生徒のために、教師が自腹を切って食料や衣類・日用品を買い与えたり、周囲の大人に働きかけさまざまなボランティア活動をする必要も生じる。

 教師の一人で、制服が買えない生徒のために制服リサイクルのボランティアを主導するミセス・パープルは言う。「勉強やクラブ活動どころじゃない子たちもいるのよ。まずご飯を食べさせないと、それ以外のことなんてできるわけがない」と。

 こうした事態が生まれた直接的な背景には、「2010年に政権を奪取した保守党政権が大規模な緊縮財政を始め」たことがあるという。

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筆者

佐藤美奈子

佐藤美奈子(さとう・みなこ) 編集者・批評家

1972年生まれ。書評紙「図書新聞」で記者・編集者をつとめた後、2008年よりフリーランスに。現在、講談社などで書籍編集・ライターの仕事をし、光文社古典新訳文庫で編集スタッフをつとめる。自身の読書の上では吉田一穂、田村隆一といった詩人の存在が大きい。「死と死者の文学」を統一テーマに「古井由吉論」「いとうせいこう・古川日出男論」(各100枚)を『エディターシップ』2、3号に発表。