メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

無料

「リアルな貧困」を立体的に活写する2冊の本

自己責任論のしわ寄せを子どもに及ぼさないために

佐藤美奈子 編集者・批評家

大人のかかわりが子どもをどれだけ変えるか

 ここで一転、日本での似たような現状に目を向けさせてくれる本が、冒頭に挙げた『実像』である。本書がその半生を描くのは、中本忠子さんという女性、通称「ばっちゃん」だ。中本さんは、何をおいてもまず食べさせなくては、という思いから、「広島市基町(もとまち)のアパートを拠点に、非行少年などの更生支援にあたる保護司を七十六歳の定年まで三十年務めた」。保護司を辞めた後も10年以上「非行少年などに無償で手料理を提供してきた」中本さんの近くにも、先に紹介したティムの家族を彷彿とさせる人たちが大勢いる。

中本忠子さんの「家」には、成人した、かつての子どもたちも来る=2018年、広島市中区拡大中本忠子さん(中央)のところには、成人した、かつての子どもたちも訪ねて来る=2018年、広島市中区

 たとえば、美々(みみ)さん一家。美々さんは40歳までの14年間、薬物依存だった。離婚した彼女は二人の息子の母親でもあったが、依存症のため子育てらしい子育てができなかった。幼な子たちはお湯も沸かせないので、インスタントラーメンをそのままかじって食べたり、早くから万引きを覚え、毎日のように繰り返したという。

 その長男と次男が先に「ばっちゃん」の世話になり、美々さんは息子たちを通して中本さんと付き合うようになる。今ではボランティアとして、「ばっちゃん」の基町の家で料理の手伝いをしている。

 著者の秋山氏はこう述べる。「中本さんの特色は、効率化とは逆行するような、美々さん自身が変わろうとするのを待つ関わり、つまり“暇”をかけることにあった。中本さんは基町の家で、無駄なようにも見える時間を一緒に積み重ねることで美々さんの居場所となり、変化を促したように映った。それは瑠愛さん(美々さんの次男、引用者注)にも同様だったし、親まで“丸抱え”することで結果として子どもが落ち着くのを実感できた」。

 『実像』の読ませどころは、「ばっちゃん」としての中本さんの虚像と実像のあいだを探り、彼女が歩んだ半生を明るみに出すことにある。本人の意図を超え「聖人」扱いされるに至った背景や、謎に包まれた彼女の活動の動機に迫ることに、本書の主眼はある。しかしそれらが描かれる過程で、基町という地域の性格や平和都市「ヒロシマ」が抱える闇、大人の関わりが子どもの状態をどれだけ変えるかについても、鮮明に視覚化されるのだ。

 そして次のような著者の指摘は、「大人とはどうあるべきか」を模索する人々すべてにとって、一考に値するものだ。

 「このまちで、社会的に弱い立場にある者が見捨てられてきた。戦争にせよ虐待にせよ、何の責任もない子どもにも、中本さんが浴びせられた『なぜクズみたいな奴らに金を使うて飯を食わせにゃいけんのか』というような自己責任論が容赦なく向けられてきた」

 図らずも、2019年9月に行われたあるインタビューではブレイディみかこ氏も、同じ「自己責任論」という言葉で現状を評している。「平成のほぼ30年、離れていた日本は、いまブレイディさんの目にどう映りますか」という質問に対し、こう答えているのだ。「一言でいうと、窮屈になった。帰国するたび、そう感じますね。様々な現場で若い人たちを取材したことがあるのですが(『THIS IS JAPAN』太田出版)、仕事でも人間関係でも、生きづらさを自分のせいにする。自己責任論というやつですね。どうにかなるという楽天的なところも感じられない。私も若いころ、めちゃくちゃ貧乏だったけど、もう少し楽天的でした。今の、この時代を覆う空気なんでしょうね、きっと」(telling,)。

 親から子どもへの「貧困の連鎖」を断ち切ることを目標とした「子どもの貧困対策推進法」がこの1月で施行6年となった。昨年11月には、今後5年間の支援方針をまとめた新しい「子どもの貧困対策大綱」も閣議決定された。が、日本の貧困率はここ約30年ほぼ変わっておらず、OECD(経済協力開発機構)加盟国中でも突出して高いという(2019年12月31日付「東京新聞」阿部彩氏によるコメント)。さらに新大綱では、「貧困率削減の数値目標も設定されて」おらず、「『現状でいい』というメッセージが強く出されている」とも指摘される(同)。日本に住む大人一人ひとりの子どもや貧困に対する大人の態度が、このようなデータに現われているのではないか。

 自己責任論が蔓延する社会(とくに日本)にあって、それでも、大人のかかわりが物を言うことを、現に変化する子どもたちの姿を通して活写しているのが、上記2著である。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

佐藤美奈子

佐藤美奈子(さとう・みなこ) 編集者・批評家

1972年生まれ。書評紙「図書新聞」で記者・編集者をつとめた後、2008年よりフリーランスに。現在、講談社などで書籍編集・ライターの仕事をし、光文社古典新訳文庫で編集スタッフをつとめる。自身の読書の上では吉田一穂、田村隆一といった詩人の存在が大きい。「死と死者の文学」を統一テーマに「古井由吉論」「いとうせいこう・古川日出男論」(各100枚)を『エディターシップ』2、3号に発表。