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団地を訪ねてみませんか――日本の今を知るために

駒井 稔 編集者

団地再生と、共助・公共の可能性

 最近刊行された『団地へのまなざし――ローカル・ネットワークの構築に向けて』(岡村圭子、新泉社)は、団地に関する興味深い研究レポートです。著者の勤務先である獨協大学のある「松原団地駅」は2017年4月に「獨協大学前〈草加松原〉」に名称変更されました。「団地」という文字を消して沿線価値を上げることが目的だったのは明白です。

 著者は、そういう現在の流れを十分承知した上で改めて松原団地の歴史を丹念にたどっていくのです。そして、孤独死や外国人居住者の問題も含めて、団地が「共助」の概念を提供しうる可能性について論じていきます。その報告には、新しい時代の団地の在り方と希望を確実に感じることができます。長い年月をかけた研究を基に書かれた優れた一冊だと思います。

取り壊しが進み、更地化される草加松原団地=2018年12月13日、埼玉県草加市松原
拡大草加松原団地では、取り壊しが進み、更地化された土地も=2018年12月、埼玉県草加市

 『団地へのまなざし』の中でも言及されていますが、団地愛好家とも呼ばれる人々へ向けた著作も刊行されています。著者の岡村さんによると2000年代になってからのことだそうですが、いわゆる団地が純粋に好きな人々が出現したのです。

 私が鎌倉の団地をネット上で発見したのもそういう人たちの書いた文章だったようです。「公団ウォーカー」という団地ファンサイトがあり、団地には敷地が広くゆとりがある。緑がたくさんある。人間本位の街並み。合理化された建物である等々、団地礼賛の言葉が並んでいます。そのサイトを運営する著者が著した『日本懐かし団地大全』(照井啓太、辰巳出版)を読んでいると、かつては戸建てに住んでいる人間からは見下されることさえあった画一的で人工的な団地という住居が、とても素敵なものに見えてくるから不思議です。

 この本以外にも『団地再生まちづくり』(団地再生支援協会、合人社計画研究所編、水曜社)というシリーズが第5巻まで発売されています。あとがきによれば、2002年から団地再生の本を出し始め、一般向けに書かれた「団地再生のすすめ」の刊行は2006年から始まったそうですが、学者だけでなく、建築士など様々な分野の専門家たちが縦横に団地再生というテーマについて書いています。もともとは月刊マンション生活情報紙「Wendy」の連載をまとめたものですが、複数の視点から構想された団地再生という考え方は説得力に満ちています。

 造っては壊すことを繰り返してきた日本の住宅、ひいては建築の在り方は、いま決定的な転換を迫られています。しかし人口が減少することを知っていながら、いまだ新築の住宅がたくさん造られているのも事実です。

 かつて農村から都会に出るということ自体が、封建的な村落共同体から自由になることを意味していた時代がありました。団地での希薄な人間関係は、ある意味近代化の過程として、個人の自由という感覚を所有することを可能にしたのです。「隣は何をする人ぞ」という不干渉を住民たち自らが望んだ部分もあったことでしょう。

 そういう意味では、団地の再生には、建物を長く使っていくこと以外にも大きな課題があります。ただ内部をリノベーションするだけでは足りないのです。それは、この国で共助あるいは公共という概念を共有していかなければならない時代になったということです。個人と個人がしっかりと向き合う本物の市民社会を作り出さなければならない時代になった。それがどんなに困難なことでも、人々が手を携えて、一人の人間として、国籍、人種、宗教、経済的な状態などを超えたところで連帯していく可能性を団地の現状は示しているような気がしてなりません。

 私も近々、団地の見学ツアーに行ってみるつもりです。若い人たちが都心から移り住んでいる場所の可能性を探ってみたいのです。そして自分も一緒に住める場所かどうかを知りたい。待っているばかりでは何も変わりません。21世紀は始まってもう20年も経ってしまったのですから。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

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筆者

駒井 稔

駒井 稔(こまい・みのる) 編集者

1979年、光文社入社。1981年、「週刊宝石」創刊に参加。1997年に翻訳編集部に異動になり、書籍編集に携わる。2004年に編集長。2年の準備期間を経て2006年9月に古典新訳文庫を創刊。「いま、息をしている言葉で」をキャッチフレーズに古典の新訳を刊行開始。10年にわたり編集長を務めた。筋金入りの酔っ払いだったが、只今禁酒中。1956年、横浜生まれ。