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「不同意性交等罪」を創設し、「暴行・脅迫」要件を撤廃せよ

杉田聡 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

 2017年に、刑法の性犯罪条項が改定されたが、3年後の本年2020年、その見直しが予定されている。私は本稿第1~2回で、4つの提案を行った。

 今回、これに加えて、強制性交等罪(強かん罪)から「暴行・脅迫」要件を撤廃し、「不同意性交等罪」を創設するよう、提案する。

(5) 問題としての「暴行・脅迫」要件

 強かん罪は、改正刑法で「強制性交等罪」と名を変えたが、その構成要件には変化はない。それは、「暴行」ないし「脅迫」であり、しかもそれは判例上(最高裁1949年)、被害者の「抗拒〔=抵抗〕を著しく困難ならしめる程度の」ものとされている(団藤重光編『注釈刑法(4)』有斐閣、1965年、297頁)。

 だがこれは奇妙な条件である。そもそも「(被害者の)抗拒を著しく困難ならしめる程度」に達しない暴行・脅迫は、ありえないと言うのだろうか。そうではなく法は、その程度の暴行・脅迫に対しては、女性が自らの心身の能力を通じて対処せよと言っているのである。だがそうした対処が一般の女性にできるという客観的な事実は、いったいあるのだろうか。

 女性の身体と男性の身体は、かなりの差がある。特に腕の骨格および筋肉組織の差異は顕著である。おまけに男性は幼い頃から身体を有効に動かす術を各種の遊びを通じて身につけるが、その機会は、根強いジェンダー構造下にあって、いまだに女性には十分ではない。しかも男性は、現代の男性中心社会を背景とした各種の権力を手にしている。その中には、声の抑揚、命令型のもの言い、威嚇的でけんか腰の発話等も含まれる。

「抗拒を著しく困難ならしめる程度」の暴行・脅迫でなくても、抵抗するのが困難なことは多々ある  Kamira/Shutterstock.com「抗拒を著しく困難ならしめる程度」の暴行・脅迫でなくても、抵抗するのが困難なことは多々ある= Kamira/Shutterstock.com

 これらの一部でも男性が行使すれば、「抗拒を著しく困難ならしめる程度」の暴行・脅迫がなかったとしても、男性の働きかけに対処するのは、女性にとって一般に困難であろう。それどころか明確な暴行・脅迫がなかったとしても、対処できない場合さえある。「強制わいせつ」の少なくない被害者が、単にさわられただけで凍りついたと証言している(一ノ宮美成『女子大生セクハラ事件の深層――横山ノックがやったこと』かもがわ出版、2000年、9頁;河原理子『犯罪被害者』平凡社新書、1999年、180頁、184頁;ちなみに河原180頁の証言は性転換=性適応した男性の例である)。日々の訓練できたえた警察官さえ、ふいに襲われると身体が硬直して意思通りに行動できないことがままあると証言している(板谷利加子『御直披(おんちょくひ)』角川書店、1998年、27頁)。

 2017年、種々の刑法改定がなされたが、「暴行・脅迫」要件を、またそれを「抗拒を著しく困難ならしめる程度の」とする解釈を残した点において、旧態依然たるものがある。

「たやすく屈する貞操」

 おまけに、古色蒼然たる価値判断が法解釈に入りこんだままである。「些細な暴行・脅迫の前にたやすく屈する貞操の如きは本条(刑法177条)によって保護されるに値しない」と、今でも有力な解釈とみなされる前掲団藤編『注釈刑法(4)』は記す(298頁)。

 法にはもちろん立法者が背後におり、立法者の価値観・倫理観によって法は影響を受けるが、法解釈もまた同様である。そして法解釈者は、立法者の意図を忖度して、「抗拒を著しく困難ならしめる程度」の暴行・脅迫要件とこの「貞操」観念に関わる解釈との間に、有機的なつながりを設けようとしたのであろう。暴行・脅迫を構成要件とした条文の背後に、団藤が言うような価値観が確かに潜んでいるように思われる。

施錠しなければ強盗も無罪か

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