「ふつうの」展覧会ができるまで【上】
春の府中に「美しい絵」が勢ぞろい、その裏側をたっぷり
金子信久 府中市美術館学芸員(日本美術史)
不入りは覚悟、珠玉の「ふつう」を見せたい

レトロな内装が美しい、敦賀市立博物館の展示室
この展覧会は、はじめからタイトルがあったわけではない。あったのは、とにかく展示したい作品である。福井県の敦賀市立博物館所蔵の、江戸時代から近代にかけての日本絵画のコレクションである。今回の展覧会では、「敦賀コレクション」と呼ばせていただいている。

敦賀市立博物館
敦賀市立博物館は、昭和初期の銀行の建物を使った施設で、建物は重要文化財に指定されている。近年、大掛かりな修理も行われて、賑わう港町敦賀のシンボルだった、かつての美しく豪華な姿を見ることができる。重厚、かつ、しっとりとして静かな空気を湛えた、ロマンティックな空間だ。
そんな中で、歴史、民俗、考古、そして美術を専門とする学芸員が中心となって、展覧会や研究が行われている。近年では、敦賀にゆかりのある、幕末の天狗党をテーマにした展覧会も開かれた。コアな幕末史好きには、たまらない企画だろう。
美術の展示では、300点を超える日本絵画のコレクションを活用して、例えば19年は、近代の敦賀の文人画家、内海吉堂(うつみ・きちどう)の展覧会が開催されている。内容の濃い、この画家の魅力と深みがよくわかる展覧会だった。
実はこれまでも、春の江戸絵画まつりでは、その都度テーマにあった作品を敦賀市立博物館からお借りしてきた。しかし、そうしているうちに、敦賀コレクションそのものを、もっと大勢の方々に知ってほしいと思うようになってきた。それが今回の展覧会の出発点である。このコレクションが持つ、今の時代の流行からは程遠い非常に強力な個性を、あえて今、世の中に問いかけたいと考えたのである。
昨今、江戸時代の絵画は人気がある。とはいえ、それを引っ張っているのは、伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう)や曽我蕭白(そが・しょうはく)ら『奇想の系譜』に取り上げられた画家と、昔から変わらない大衆的人気を誇る浮世絵師だ。もちろん、尾形光琳(おがた・こうりん)らの琳派や、池大雅(いけの・たいが)や与謝蕪村(よさ・ぶそん)らの文人画も有名だし、人気もあるが、日本美術や美術館などあまり興味がないという人をも惹(ひ)きつけているのは、「奇想」の画家たちだろう。
ところが、敦賀コレクションには若冲や蕭白の作品は一点もないし、宗達(そうたつ)も光琳もない。浮世絵も、何点かの肉筆画を除けば、ほぼコレクションの対象外だ。
では、どんな作品があるかというと、江戸時代の絵画では、土佐派などのやまと絵や、狩野派、円山四条派の作品が中心である。明治時代の絵画も、横山大観(よこやま・たいかん)や竹内栖鳳(たけうち・せいほう)ら、新しい時代の日本画ではなく、古いスタイルに縛られ続けた画家たちのものばかりだ。
「奇想」や浮世絵ばかりが注目される今だからこそ、このコレクションのオーソドックスな華やかさや渋い輝きを、世に問いかけたいと思ったのである。もちろん、展覧会のある程度の不入りは、覚悟のうえである。