メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

国際根拠地を探せ

 なぜ赤軍派は、ハイジャックをしたのか? なぜ北朝鮮行きを考えだしたのか?

 よど号ハイジャックへ導いたのは「国際根拠地」の建設という方針だったが、その背景にあったのは前年1969年11月の大菩薩峠での大量逮捕だった。軍事訓練を目的に山小屋「福ちゃん荘」に宿泊した53名が11月5日未明、警視庁と山梨県警合同の機動隊に踏み込まれ、そのまま検挙された。逮捕者の中には、政治局の上野勝輝や八木健彦も含まれていた。

 この「敗北」(というより失敗)を通して、国内で武装闘争(「前段階武装蜂起」)を準備することの困難が明白になった。さほど広くない国土で、しかも津々浦々まで警察の情報網が張りめぐらされた日本で、武器の調達や訓練を含む非合法活動を継続的に行うのは無理がある。さらにいえば、赤軍派は孤立していた。シンパサイザーは存在していたが、彼らを守り隠す「人民の海」の規模にはとうてい達していなかった。

 つまり、「国際根拠地」は「前段階武装蜂起」を遂行するための兵站基地として、軍事訓練場として、さらには彼らを暖かく同志として迎え入れてくれる一個の政治体制(「労働者国家」)への依拠として想定されたのである。

 その想いはまったくの絵空事でもなかった。

・・・ログインして読む
(残り:約1816文字/本文:約3403文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

菊地史彦

菊地史彦(きくち・ふみひこ) ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

1952年、東京生まれ。76年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、筑摩書房入社。89年、同社を退社。編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立。企業の組織・コミュニケーション課題などのコンサルティングを行なうとともに、戦後史を中心に、<社会意識>の変容を考察している。現在、株式会社ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。著書に『「若者」の時代』(トランスビュー、2015)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

菊地史彦の記事

もっと見る