メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

山岳ベースの誘惑

 1971年2月17日、革命左派のメンバー6人は、真岡市の塚田銃砲店から散弾銃10丁、空気銃1丁、散弾実包2000発を奪った。うち2人は東京都北区赤羽で逮捕され、残りの4人は潜伏していた永田洋子・坂口弘と共に新潟県長岡市へ向かい、さらにスキーヤーに扮して北海道へ渡った。銃奪取の目的は、3日後横浜地裁に出廷する川島豪議長の奪還にあったが、1都6県に及ぶ警察の大規模な包囲網の前で、奪還作戦は諦めざるをえなくなった。

栃木県真岡市の銃砲店から散弾銃や銃弾が奪われた事件で緊急配備中に、警察の検問を突破して逃げ、警察官に追われて、店に突っ込んだ京浜安保共闘の活動家が乗っていたライトバン拡大栃木県真岡市の銃砲店銃奪取事件で、検問を突破した後、店に突っ込んだ革命左派のメンバーが乗っていたライトバン=1971年2月17日

 札幌でシンパの家を泊まり歩き、定山渓の雪の下に銃を埋めたのは2月26日である。彼らはその2日後、重信房子がレバノンへ向かって飛んだことを知る由もなかった。

 札幌でようやく見つかった安アパートに6人は閉じこもった。小さな石油ストーブを囲み、衣類をすべて着こんで寝た。寝具は永田の電気毛布1枚だった。共同トイレだったので、6人もの人間が一緒にいることを察知されないよう洗面器で用を足し、流しに捨てた。

 唯一の楽しみは

・・・ログインして読む
(残り:約2141文字/本文:約3790文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

菊地史彦

菊地史彦(きくち・ふみひこ) ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

1952年、東京生まれ。76年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、筑摩書房入社。89年、同社を退社。編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立。企業の組織・コミュニケーション課題などのコンサルティングを行なうとともに、戦後史を中心に、<社会意識>の変容を考察している。現在、株式会社ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。著書に『「若者」の時代』(トランスビュー、2015)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

菊地史彦の記事

もっと見る