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「ヘイト本」隆盛の時代、本を届ける思いがけない仕掛けと試み

堀 由紀子 編集者・KADOKAWA

 書店の店頭をぶらついていると、目に飛び込んできた黄色いカバー。そのタイトルを見てぎょっとした。『私は本屋が好きでした』(太郎次郎エディタス)。タイトルはけんか腰だが、サブタイトルには強い問題がにじむ。「あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏」。本書はヘイト本が書店店頭から消えない理由を丁寧な取材で明らかにしていく。

 わたしは今でももちろん本屋さんが大好きだが、ある時期から、扇情的で特定の人種や国を罵ったタイトルをつけた本が、平台の一角を占めるのを見て沈んだ気持ちになっていた(平台というのは、本が平らに並べられているところで、本の表紙(カバー)やオビが見える。対照的に「棚差し」は、棚に並べられることで、その本は背表紙しか見えない。いうまでもないが、平台の方がお客さんの目に入るから、購入してもらえる確率が高い)。

 平台に置いてもらえるということは、書店員さんの期待の裏返しともいえる。つまり、一角を占めるヘイト本が、売れることの証左でもある。

 著者の永江朗さんはまず、「少し長いまえがき」でまず、「ヘイト本」をヘイト本と呼んでいいのか、という素朴な疑問を発し、「正確には『差別を助長し、少数者への攻撃を扇動する、憎悪に満ちた本』」と定義する。

 そして、取材をはじめたのは2015年の初夏で、刊行までに丸4年もかかったことを告白する。なぜ時間がかかったのかといえば、すっかりいやになったからだ、という。ヘイト本について調べたり考えたりしていると不愉快になり、自分の残りの人生を考えたときに、「時間がもったいないではないか」。

 そうやって書き上げられたのが本書だ。流通システム、街の本屋さん、チェーン書店、大型書店の店員さん、出版社、編集者、ライター、元ヘイト本の編集者、言論人、そしてヘイトスピーチに詳しいジャーナリストと、次々に取材していく。

 本書を読んでおどろいたのは、ヘイト本を作ってその考え方を広めたい、と思っている人は例外的ということだ。

 取次――出版社が刊行する本に物言いせず、流通させることに徹する。出版社――売れるジャンルに飛びついて、「イナゴのように食い尽くす」。編集者――仕事だから。大型書店――売り上げ減による人手不足で、取次から送られてきた本を並べるので精いっぱい。

 書籍に携わる人たちの責任の希薄さがヘイト本の隆盛に拍車をかけていた。永江さんの「出版界は(ナチス政権下の親衛隊将校だった)アイヒマンだらけ」という言葉が、出版の片隅にいる一人として胸に突き刺さる。

 そのなかでヘイト本の売り上げに頼らず、あの手この手で取り組む人が紹介されていて、少し気持ちが明るくなる。

 ある大型書店の店長さんは、ヘイト本を並べるのは気が進まないが、売り上げは取りたいし、そもそも書店員の一存で置かないことがいいとも思えず……と葛藤ののちに、「店長本気の一押し! Stop!! ヘイトスピーチ、ヘイト本」というフェアを行った。なんという逆転ホームランのような発想!

 ホームページにフェアの写真を載せたところ、クレームの電話がかかってきたが、誠実に、かつ堂々と対応することで電話を切ってくれたという。

「反ヘイト本」のコーナーに本を並べるジュンク堂書店難波店の福嶋聡店長2015「反ヘイト本」のフェアを開いた書店の一つ、ジュンク堂書店難波店の福嶋聡店長=2015年7月

本を魅力的に仕上げて届けるということ

 書籍の売り上げは、約40年前の1975年と比べて、売上冊数はほぼ変わらないにもかかわらず、刊行点数は3倍にも増えていると本書では述べられている。年間10万点もの新刊書籍(コミックやムックを含む)が出るなかで、ある一冊を読者に届けるのは至難の業だ。

『私は本屋が好きでした』の著者・永江朗さん

 そんな出版状況の中で、何とか読者に本を届けようとする、朝日出版社さんのメルマガが好きだ(話が少し変わります)。

 2週間に一度の頻度で、結構長文のメールが届く。書き手は営業、編集といくつかのセクションの担当2、3人で、テーマは自由に書いてある。最近刊行した本の魅力を伝えるのはもちろんだが、作っている途中経過や著者とのやりとりなど、いつも興味深く、しばしば購入してしまう。

 一方で、「DJ KOOのインスタをフォローしていますか?」と始まって、そのインスタがいかに素晴らしいかを切々と語る人や、AAA(トリプル・エー/アイドルグループです)が解散してしまうことの悲劇を思い入れたっぷりに伝える人もいた。

 DJ KOOもAAAも朝日出版社の本とはあまりというか、まったく関係ないのだけど、こういう人たちが作っているんだ、営業しているんだと、一方的に親近感を覚えて、毎回感動する。毎回読ませるし、なにより楽しい。

 そのメルマガの1月に配信された号では、「効果のある/なしの境界線―知っているようでまだまだ知らない紙とオフセット印刷の4つのこと―」展について書かれていた。藤原印刷さんと平和紙業さんによる共同開催のイベントで、短いレポートだったがそれがまた魅力的で、読んですぐの週末に行ってみた。

 今回取り上げられたのは「残念な金、残念な白、びみょうなニス、なぞの奥行」の4種類の印刷。金や白、ニス、奥行きの4つについて、どの紙でどの印刷をすると効果がよく出るのかが、実際の紙に刷って展示されていた。

 たとえば、金色を刷ったのに、紙によっては茶色っぽくなることもあれば、逆にピカピカのいかにも金、という感じになったりする。ニス加工をしたときに効果的にでる紙もあれば、加工したのかしていないのか、わからない(効果が出ない)紙もある。実際に印刷したサンプルを持ち帰られるというお土産付きで、満足度満点だった。

「効果のある/なしの境界線 ―知っているようでまだまだ知らない紙とオフセット印刷の4つのこと―」展「効果のある/なしの境界線―知っているようでまだまだ知らない紙とオフセット印刷の4つのこと―」展=平和紙業ペーパーボイス東京(東京都中央区新川) 写真提供・藤原印刷
展で、お土産でもらった印刷見本=筆者撮影「効果のある/なしの境界線」展で、お土産でもらった印刷見本=筆者撮影

 寒い雨の日だったが、小ぢんまりした会場はお客さんでいっぱいだった。立ち話を聞けば、出版関係者だけでなく、美大の学生さんや本が好きで、という人もいるようだった。この展覧会なども、より効果的な印刷を行うことで、本を魅力的に仕上げて、一人でも多くの読者に届けることにつながっていく。

本屋が滅びるかもしれないなかで

 こうやって見てみると、本を届けるためにあちこちで力を尽くす人がたくさんいる。本に携わるさまざまな人たちが思いがけない仕掛けを行っていて、じーんとしてしまう。

 冒頭の『私は本屋が好きでした』に戻れば、著者の永江さんは、最終的にヘイト本にどう対峙すればいいかの結論にたどり着く。書店、取次、出版社、そして読者、それぞれに向けて、対策を提案する。

 もし、このままの状況を放置すれば本屋は滅びてしまうかもしれないと永江さんは警告する。だからこそ、わたしは本に携わる一人として、「アイヒマン」に陥らずに、今読者に何が求められているのか、何を提案したいのかを考え続けたい。出版にかかわる人たちのアイディアにヒントをもらいながら、本を届ける試みをトライ・アンド・エラーで続けていけたらと思う。 

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。