珠玉の人形アニメーション『ごん』、手作りの魅力と切実な問い
新美南吉 原作「ごんぎつね」を現代的テーマで翻案
叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京造形大学・東京工学院講師
木彫のキャラクターの繊細なデザインと演技
本作の「ストップモーション・アニメーション」としての白眉は、土着的日本民話の担い手としての人物造形と、その時代に相応しい仕草の創造、そして日本古来の里山の再現である。
現在は3Dプリンターで大量に出力した人形の顔の上下パーツを差し替えたり、口角を内部のギアで変形させるといった最新技法が流行だが、本作は全く違う。兵十やごんの頭部は木彫であり、可動する小さな眼と別パーツの口・顎以外は動かない伝統的なパペットの構造である。それは、動かない一つの顔でも、ライティングや境遇によって様々な表情に見せることが出来るというパペットの特性を信じればこその造形だ。どのキャラクターも眼が小さく表情筋が動かないことで、喜怒哀楽を簡単に読み取れない複雑なキャラクターとなっている。
兵十らの頭髪は髷を結った剃髪の「月代(さかやき)」ではなく、オールバックで束ねた「総髪」。胴長・短足のプロポーションも日本人らしい。濡れた手を着物で拭う、川の冷たさに一瞬身震いをする、といった一挙手一投足が繊細である。兵十のアーマチュア(金属骨格)制作にも、作中の所作を実現させるための様々な工夫(長い火縄銃を構えさせるための肩や肘の可動域、正座から立ち上がるための膝や足首の構造など)が凝らされている。
ごんはリアルな狐と二足歩行の擬人化の2つの姿を「変化(メタモルフォーゼ)」することで行き来する。大きな頭、白目がちの奥まった眼、尖った口元など日本の男子児童の特徴を思わせる造形で、ボサボサの頭髪も孤児らしい。人間が視認出来ない距離まで離れた時には擬人化された姿、近づいた時や人間側の主観ではリアルな子狐の姿となる。

3種類のごんのパペット(人形)。左から幼少期(現在)、子狐期(過去)、二足歩行(現在)のごん
ぬめりの光る鰻、跳ねる魚、手足を細くデフォルメされたカエル、羽をこすらせて鳴くうるさい松虫、囀(さえず)る百舌、ホバリングで翅脈まで透けて見える赤トンボなど、登場する生物たちはどれも印象深い。それらの造形は小さな木彫で細部まで作り込まれているが、単なる写実ではない。動きと質感の生々しさは、おそらく鋭い観察によって抽出されたものだ。

企画、デザイン、造形と様々な工程が一目で分かる貴重な展示となっている=「Making of GON―ストップモーション・アニメーションの舞台裏―」(アップリンク吉祥寺ギャラリー)