2020年03月11日
フレンチ・ミュージカルの精華、ジャック・ドゥミ&ミシェル・ルグラン!
今回は、ミシェル・ルグランが音楽を担当したジャック・ドゥミ監督の『ロバと王女』、『ロシュフォールの恋人たち』を取り上げるが、この2本のミュージカル映画は、前回論じた『ローラ』、『シェルブールの雨傘』と同じく、東京・YEBISU GARDEN CINEMAで上映中だ(特集上映「ミシェル・ルグランとヌーヴェルヴァーグの監督たち」)。
■『ロバと王女』(1970)
ドゥミのバロック的メルヘン美学が、文字どおりのお伽話映画として、その極致に達した狂おしい傑作だが、お伽話ならではの幻想的な道具立て、目を疑うような色彩の氾濫、そして残酷でコミカルで突拍子もないドラマ展開が、強烈な吸引力を放つ(原作:シャルル・ペロー<1628~1703>の『ロバの皮』)。
――病床の王妃(カトリーヌ・ドヌーヴ)は、「再婚するなら自分より美しい女性を選ぶように」と言い残して他界するが、王(ジャン・マレー)が求婚したのは、なんと実の娘である王女(カトリーヌ・ドヌーヴ、二役)だった、という絶妙かつ理不尽な“初期設定”からして波乱の幕開けだが、途方に暮れた王女は、魔法使いであるリラの妖精(デルフィーヌ・セイリグ)に相談し、結婚の条件として様々な無理難題を王に吹っかける。
だがしかし、王はそれらを次々にクリアしていき、王国の富の源である金銀財宝を生むロバさえも殺してしまい、ロバの皮が欲しいという、王女の課した最難関の条件/望みすらも叶えてしまい、それを王女に与えるのだった(王妃の奇妙な遺言といい、王が実の娘に抱く近親相姦的恋情といい、はたまた王女が王に要求する無理難題の数々といい、お伽話特有の不条理でコミカルな設定には、とりもなおさず、反=リアリズム的なリアル(訴求力)がある)。
さて、窮地に立たされた王女は、近親婚を避けるため、ロバの皮を身にまとって王国を脱出し、森の小屋で“ロバの皮”と呼ばれる家畜係に身をやつして働き始めるが、やがて彼女に一目惚れした王子(ジャック・ペラン)と結ばれる――。
とまあ、波乱万丈という形容では追いつかぬくらいの、荒唐無稽で摩訶不思議な展開をみせる『ロバと王女』には、にもかかわらず、いやむしろそれゆえに、見る者の琴線に触れる、ドラマティックな快痛点がいくつも仕掛けられている(これは、本作が、近現代の小説からは失われた――貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)のモチーフを含む――童話・お伽話などの説話パターンのひとつだからでもあろう。貴種流離譚:貴人が身分の低い者に身をやつすなどして漂泊し、試練を克服して高い地位を得たり、神になったりする説話類型のひとつ)。
たとえば、最大のヤマ場のひとつ、お菓子と指輪をめぐるシークエンス。恋の病にかかった王子が、回復のためにお菓子をつくってくれ、と“ロバの皮”に頼むと、彼女はお菓子の中に自分の指輪を入れて焼く(そこでは、特撮によって、美しく盛装した王女のドヌーヴとロバの皮をかぶったドヌーヴが同時に現われ、お菓子をつくりながら楽しげに歌い合うが、その素晴らしくリズミカルなナンバーに酔いしれる)。
ほどなく病床の王子は、お菓子の中に指輪を見つけ、それがぴたりと合う指の女性と結婚すると宣言。王国中の独身女性が召集され、高貴な者から順に指のサイズが指輪に合うかどうかが試される。指輪は、案の定、着飾ったすべての女性の指に合わないが、最後に残った「卑しい“ロバの皮”」の指にぴたりと合い、そこで彼女の身分が王女であることが明らかになり、王女と王子の結婚式には、いつのまにか相思の仲になっている王とリラの妖精もヘリコプターで駆けつけ(!)、自分たちの結婚も宣言し、めでたしめでたし、という唖然とするハッピーエンド……。
それにしても、くだんの“指輪テスト”の場面は、なぜハラハラドキドキさせるのか。おそらくその場面では、“指輪テスト”に合格する“ロバの皮”/王女/カトリーヌ・ドヌーヴが、外見もいちばん美しい(顔面偏差値が最も高い)という、今なら「ルッキズム/外見至上主義」なるオソロシイ言葉で批判されかねない、ある種の優性思想めいた美/醜をめぐる優劣、および、身分も最も高貴であるという<格>をめぐる優劣、そしてそれらの判断基準による<排除と選別>が肯定されているからだ。
そして、そこでは少なくとも、<人間みな平等>という価値観は後景にしりぞいている。まあ現実の社会では、こうした「不平等」が極端にならぬよう、“民主的に”調整していくほかはないのだが(老いて死んでいく人間は、誰しも劣者/弱者になりうるのだし……)。
いずれにせよ、映画『ロバと王女』やその原作や、やはりペローの『シンデレラ』やアンデルセンの『みにくいアヒルの子』、あるいは『白雪姫』(グリム版、他)などのお伽話・説話の世界は、
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