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〈二子玉川 本屋博〉の大成功にみる、書店と本と本好きの希望

大槻慎二 編集者、田畑書店社主

 風は確かに冷たかった。けれどもそこにはいい空気が流れていた――それが〈本屋博〉を訪れた際に抱いた率直な印象だった。

 時は去る1月31日(金)と2月1日(土)。この冬でもっとも冷え込みがきつい2日間だった。所は東京・二子玉川駅の東口に広がる「二子玉川ライズ ガレリア」。ショッピングモールとオフィス棟の先に居住区が連なるファッショナブルな再開発区域である。そこに40の個性的な本屋が一堂に会する初めての試みが〈二子玉川 本屋博 2020〉だった。

〈二子玉川ライズ ガレリア〉で2日間にわたって行われた〈二子玉川 本屋博 2020〉」 「二子玉川ライズ ガレリア」で1月31日と2月1日の2日間にわたって行われた「二子玉川 本屋博 2020」=提供:「二子玉川 蔦屋家電」

 来場者は3万3000人。とりわけそのうちの2万人を集めた土曜日は「立錐の余地なし」が決して飾り文句ではない活況を呈していた(新型コロナウイルスの脅威がまだ本格化する直前のこと。たったひと月半前なのに、もはや隔世の感あり)。しかも特筆すべきは、どの店舗も一様に「売れて」いたのだ。2日間での販売総数は1万126点。これは実行委員会の予想をはるかに上回る数字だったという。

 実際、店先に立ってみると、人々が確実に財布を開いているのがわかった。通りがかりや冷やかしでなく、みな「買う気」で来ているのが明らかなのだ。

 もとより出版不況という言葉はこの業界にあってそれ自体に麻痺してしまうほど耳にしない日はなく、しかも消費税増税後の経済の落ち込みが顕著な昨今である。いったい、これはどうしたことか。

「二子玉川 本屋博 2020」の会場を埋め尽くす人。まさに立錐の余地なし=撮影・筆者
「二子玉川 本屋博 2020」の会場を埋め尽くす人。まさに立錐の余地なし=提供:「二子玉川 蔦屋家電」

ふだん書店に足を運ばない人も、本屋好きも

 〈本屋博〉の実行委員長である「二子玉川 蔦屋家電」の人文コンシェルジュ、北田博充さん(「ポスト2020。出版ジャーナリズムの新しい潮流」)によると、企画の意図は次のふたつだった。

 ひとつは「ふだん書店に足を運ばない人」を引き付けること。そのため書店〈内〉のイベントではなくオープンエアで行い、キッチンカーや音楽ライブなども併せて、必ずしも本好きでない人にもアピールしたかった。結果、二子玉川という場所柄のせいもあるかもしれないが、たしかに神田などで行われるブックフェアと趣きが明らかに違っていた。ひと言でいうと来場者の中核が「若者」だったのだ。

 そしてふたつ目は、いわゆる本好き、本屋ファンにはもっと本屋を知ってもらいたかったということ。そのためには「魅力的な本屋」を「一堂に集める」ことが必要だった。行きつけの本屋がひとつふたつあるのは、本好きにとってみれば当たり前かもしれないが、さすがに40もの本屋をいちどに目にする機会はそうはないだろう。

 ではその40の本屋を選んだ基準はなにか。それはなにより「人の魅力」だと北田さんはいう。すなわち店主の人柄がダイレクトに伝わってくる店、お客が店以前に店主のファンになってしまうような店。

 40の店舗といっても、その形態はまちまちだ。いわゆる「独立系」と呼ばれる書店、大手チェーン店、実店舗を持たずにwebサイトやイベントで活動する書店……けれども一様に言えるのはどの店主も今までにない「発信力」を持っていることだ。

書店人の「個としての発信力」

 その「発信力」とは何か。参加店のひとつである「BOOKS青いカバ」の小国貴司さんによると、客観的に見てそこには明らかに新しい局面があるという。今までにも「発信力」を持っていた書店人はいた。たとえばジュンク堂の福嶋聡さんや、リブロからジュンク堂に移った田口久美子さんなど、著書をもち業界への提言も多い書店人たちである。それら先人と彼らはどう違うのか。

 「福嶋さんにしても田口さんにしても、どこか会社の看板なり業界なり大きなものを背負って発言している感じがあった。ところが彼らはそれとはまったく別の方向のベクトルを持っているんです」

BOOKS 青いカバ〉の店主・小国貴司氏参加店の一つ「BOOKS青いカバ」の店主・小国貴司氏=提供:「二子玉川 蔦屋家電」

 確かに、今回の本屋博に参加していたなかにも、いわゆる「店の看板」を背負っている人はいた。たとえば山下優さん(青山ブックセンター)や花田菜々子さん(HMV&BOOKS)などだ。けれども彼らの発信は、いわば「個としての発信」なのだ。書店自身が版元になるという革新的な事業を始めた山下さんにしても、『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社)という本を出した花田さんにしても、その発信は極めてプライベートな場所から行なっている気がする。

 またどの店舗も「自己表出」がとても巧みだというところは共通している。自らが発行元となって「ZINE」(“Magazine”の“zine”が語源。個人誌、リトルプレス)を出しているところも多い。今回〈本屋博〉でも、ここでしか買えないZINEがお客を惹きつけていた。その他印刷物に限らずオリジナルな小物などグッズも魅力的だった。

 また、みなそれぞれにSNSの使い方に長けているのも特筆すべきことだ。TwitterやFacebookを使った事前のPRから、当日の実況中継的なつぶやき、事後の感想までが、フォロワーを通じて拡散される。

 発信力のある店主が構えるブースなので、しぜんカウンター越しのお客とのコミュニケーションが絶えない。これほど「会話」に溢れたフェスはこれまでに経験したことがなかった、と北田さんは振り返る。

人から人へと商品が手渡される風景

 いま「フェス」ということばを使ったが、〈本屋博〉の広報を担当した蔦屋家電の下八川薫さんによると、「これは〈フェス〉だから」との北田さんのひと言ですべてが腑に落ち、PRの方針がすんなり決まったという。SNSで情報を小出しにしつつ当日の山場に持っていく手法、旬のミュージシャンのライブやトークショーを組み合わせたプログラムの作り方などは、音楽や野外フェスのPRのノウハウを駆使したとのことである。

 また何よりも参加店舗の快適さや満足度を最優先に考えたのも勝因のひとつで、出店のバックアップから当日のフォローなど細心の注意を払ったことが実を結んだのかもしれない、とも北田さんはいう。

『二子玉川 本屋博 2020 OFFICIAL ZINE』色違いの表紙4種「二子玉川 本屋博 2020 OFFICIAL ZINE『本屋の本当』」の色違いの表紙4種=提供:「二子玉川 蔦屋家電」
 その他にもこの〈本屋博〉を異例の成功に導いた要因はさまざまあるだろう。けれどもそのすべての根底には、書店という存在を「人を介して本と出会える場所」と規定する北田さんの実行委員長としてのことば通り(二子玉川 本屋博 2020 OFFICIAL ZINE『本屋の本当』より)、ネットの商いにはない「人から人へと商品が手渡される風景」が具現化したという事実の大きさがある。

 物を売り買いするという行為の根底に〈人〉がいる、という、いってみれば当たり前すぎることが当たり前でなくなっている時代にあって、この〈本屋博〉の魅力はまさにその基本を示してくれた、といえばやや大袈裟に響くだろうか。

 しかしそう考えなければ、「古本」という一期一会の1点ものやその場でしか買えないオリジナル商品が売れたことは理解できるが、新刊書店が並べた「新刊本」、いわばそこでなくてもどの書店でも手に入る商品も同程度に売れていたという事実の説明がつかない。

<本屋博>を楽しんだ人々の中から……

 今後、こういった個性的な書店の数は増え、またその存在もより大きくなっていくに違いない。〈紙の本〉という「あってもなくてもいい商品」「生活に必ずしも要るとは限らない商品」を扱う「書店」という存在が、もしかしたらこういった「個性的な」書店と、利便性のいい駅のターミナルにある大手チェーンの書店の両端しか生き残ることができず、その中間がすっぽり抜け落ちてしまうかもしれない……と、今回の成功を実感しながらも小国さんは危惧する。たしかに全国的に見て書店の減少は未だとどまるところを知らないだろうし、業界全体の売り上げも底が見えない落ち込みがまだまだ続くだろう。

 けれども一方で、出版業界においては「〈マス〉から〈個〉へ」コミュニケーションのあり方が変わってきている、という北田さんの実感も大いに同意するところでもある。

イベント「本屋の話じゃなくて、本の話をしよう」右から北田博充氏(実行委員長)、山下優氏(青山ブックセンター)、鎌田裕樹氏(恵文社一乗寺店)、前田隆紀氏(かもめブックス)イベント「本屋の話じゃなくて、本の話をしよう」。右から北田博充氏(実行委員長)、山下優氏(青山ブックセンター)、鎌田裕樹氏(恵文社一乗寺店)、前田隆紀氏(かもめブックス)=提供:「二子玉川 蔦屋家電」

 いずれにしても同じ業界にいる者として、この〈本屋博〉の成功を見たことは単純に嬉しい。何よりも参加している本屋の面々が、またそこに足を運んできた人々が、掛け値なく「楽しそう」だったのだ。

 こういう風景に接すると、書店のみならず、取次にせよ出版社にせよ、この業界から「楽しく」仕事をする局面がいかに減っているかを痛感せざるを得ない。逆にいうと「仕方なくやらされている仕事」「受け身でやるしかない仕事」がいかに多いことか。いや、それはこの業界にとどまらず、日本全体に蔓延する病いかもしれないが……。

 少なくとも今回〈本屋博〉を楽しんだ人々の中から、特に若い世代から、将来本屋になりたい、あるいは本に携わる仕事がしたい——それは書店に限らず、取次でもいいし出版社でもいいし、もちろん作家であっても構わないのだが——という人が現れたらどんなに素晴らしいだろう、との希望を抱かせてくれた2日間だった。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。