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新型コロナに直撃されたブロードウェイ

全公演中止、ニューヨーク劇場街の灯が消えた

高橋友紀子 演劇ライター

人気作が50ドルに、喜んだのもつかの間

拡大『ウエスト・サイド・ストーリー』のリバイバル公演をしていたブロードウェイ劇場。2月に開幕したばかりで、斬新な演出が話題を集めていたが、いまは人影もない

 振り返れば、2月の終わりからの1カ月間で、ニューヨークは劇的に変化した。

 日本政府が大規模イベント自粛の要請を出した2月26日、ニューヨーク州ではまだ新型コロナウイルスの感染者は報告されていなかった。

 初の感染者が報告されたのは3月1日。イランへの渡航歴のある30代の女性である。その2日後、ニューヨーク市郊外に住む50代の男性の感染が判明、マンハッタン勤務であったことと、家族と隣人も感染し、学校や教会が閉鎖されたことからニューヨーカーの懸念は一気に高まった。

 スーパーマーケットの大手チェーン、トレーダー・ジョーズに行った友人から「パスタの棚が空っぽで、補充してもすぐなくなるとお店の人がこぼしていた」という話を聞いたのは、まさにこの頃だった。

 3月7日、ニューヨーク州の感染者数は76人、市内は11人へと増加。クオモ知事は非常事態宣言を発令。その後、感染者数は加速度的に膨らんでいく。

 運命の12日、感染者数は州全体で321名、ニューヨーク市内は95名に。同日、集会禁止令に先立ち、メトロポリタン・オペラ、カーネギーホール、ニューヨーク・フィルハーモニックは、既に公演中止を発表していた。

 劇場やホールという人々が密集する密室空間への危惧がいかに急激に高まったかということだろう。

 ブロードウェイの場合、高齢者の観客も多く、さらに観客の5人に1人は海外からの観光客という点からも、いわば危険因子は揃っていたといえる。

 それまで、州、市の行政側とブロードウェイ業界は、公演中止だけは回避したいとの考えで、各劇場は頻繁に消毒を行い、消毒液の設置や楽屋への訪問禁止を徹底し、観客が楽屋口で俳優を待つ「出待ち」の自粛も呼びかけていた。

 実際に、3月初頭のブロードウェイの客入りは堅調で、週間売上高は前年の同時期よりも若干アップしたほどだった。

 しかしながら、今後起こり得る観客減少に歯止めをかけるため、プロデューサーのスコット・ルーディンは、10日、5本の公演を3月末まで全席50ドルで販売することを発表。2011年からロングランしている『ブック・オブ・モルモン』や、今シーズン開幕した『ウエスト・サイド・ストーリー』『リーマン・トリロジー』など人気作ばかりだ。ふだんは一般席でも200ドル弱、プレミアム席だと300〜400ドルはするだけに、50ドルは破格中の破格である。

 この50ドルチケットの発売が12日の正午からだった。

 筆者も周りの芝居好きも、皆こぞって最上席のチケットを入手してぬか喜びしたのは、クオモ知事の発表のわずか2時間前のこと。

 ルーディンはハリウッド映画の大作も手がけるエンターテインメント界の重鎮だ。彼の肝いりの販促チケットの発売日とクオモ知事の集会禁止令が重なったことは、禁止令がいかに急転直下の決断であったかを物語っている。

 今にして思えば、温度ががらりと変わったのは、11日にブロードウェイの劇場の案内係が陽性と判明したことが報道された時だった。この案内係は、『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』が上演されていたブース劇場と、新作ミュージカル『シックス』のブルックス・アトキンソン劇場で勤務していた。この事実で、観客と出演者、スタッフの感染への懸念に対し、州と市、ブロードウェイの労働組合の緊張が高まった。

 12日の朝、劇場主やプロデューサーなどの業界団体であるブロードウェイ・リーグは緊急ミーティングを開き、ついに公演中止の合意に至った。一方、公演中止は州や市からの行政命令でなければ保険が下りないとの認識から、ブロードウェイ・リーグから行政側に働きかけがあったとニューヨーク・タイムズは報じている。

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筆者

高橋友紀子

高橋友紀子(たかはし・ゆきこ) 演劇ライター

神戸市生まれ。ニューヨーク在住。大阪大学文学部で演劇学を専攻後、ニューヨーク大学で舞台芸術経営を学ぶ。舞台芸術の日米交流に携わり、四半世紀にわたりオン&オフ・ブロードウェイの舞台を鑑賞。日系情報紙「よみタイム」に劇評を連載中。

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