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SMAPの登場、そのブレークへの道のり

太田省一 社会学者

SMAPの“誤算”

 当初SMAPの売り出しかたは、当然ながら1980年代にジャニーズが復活した際の成功パターンを踏襲するものだった。

 たとえば、森且行は1988年に放送された『3年B組金八先生』(TBSテレビ系)の第3シリーズに生徒の谷口健治役で出演している。タイトルバックの登校シーンでは、森はひとりだけスケートボードに乗って登場し目立っている。いうまでもなく歌手デビュー前の出演は、たのきんトリオの例にならったものだった。

左から稲垣吾郎さん、草〓剛さん、香取慎吾さん、森且行さん=72時間ホンネテレビより 〓AbemaTV 2017年11月拡大21年ぶりに元SMAPの森且行さん(右)と再開した(左から)稲垣吾郎さん、草彅剛さん、香取慎吾さん=2017年11月、「72時間ホンネテレビ」(AbemaTV) より

 また、同じく1988年にはグループ全員で主演を務めるテレビ東京の学園ドラマ『あぶない少年Ⅲ』が始まった。

 ただ、SMAPのメンバーは本人役での出演。さらに合間にバラエティ的コーナーが挟まるなど、ドラマそのものよりもアイドル・SMAPの存在と魅力を世に知らしめることが優先されていた。同シリーズのパートⅠとⅡも似たようなテイストで、光GENJIの主演。それを見ても、後継グループとしての期待を担っての起用であった。

 それ以降もSMAPの活動は多方面で展開された。

 1989年にはグループでレギュラーを務めるバラエティ『アイドル共和国』(テレビ朝日系)がスタート。西武園ゆうえんちからの生放送で、光GENJIやJr.も出演していた。同年には、「SMAP」という名のドリンクが発売され、そのCMにも出演した。また1991年にはミュージカル『聖闘士星矢』出演もあった。

 ソロでは、森且行が先陣を切った俳優としての活動も盛んだった。森に続き、稲垣吾郎はNHKの朝の連続テレビ小説『青春家族』(1989年放送)に出演、『さらば愛しのやくざ』(1990年公開)で映画初出演も果たした。中居正広、草彅剛、香取慎吾は揃って『時間ですよ 平成元年』(TBSテレビ系、1989年放送)に、さらに中居と稲垣はフジテレビの学園ドラマ『学校へ行こう!』(1991年放送)に出演した。一方、舞台からスタートしたのが木村拓哉である。1989年、唐十郎原作・蜷川幸雄演出の舞台『盲導犬』に出演。その後、『おとうと』(TBSテレビ系、1990年放送)などドラマにも進出していく。

 こうしてみると、グループ単位での活動の一方で、メンバー個々の活動も目立つ。しかもグループでもソロでも、ドラマ、バラエティ、CM、映画、舞台と活動の幅は広い。たのきんトリオで復活して以来、シブがき隊、少年隊、光GENJIと続いたそれぞれ個性の異なるグループの成功が、ジャニーズグループの活動の選択肢をいっそう多彩なものにしたことが見て取れる。

 そして1991年9月、満を持してSMAPは歌手デビューを迎える。こちらでも事前のプロモーションは

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筆者

太田省一

太田省一(おおた・しょういち) 社会学者

1960年、富山県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビ、アイドル、歌謡曲、お笑いなどメディア、ポピュラー文化の諸分野をテーマにしながら、戦後日本社会とメディアの関係に新たな光を当てるべく執筆活動を行っている。著書に『紅白歌合戦と日本人』、『アイドル進化論――南沙織から初音ミク、AKB48まで』(いずれも筑摩書房)、『社会は笑う・増補版――ボケとツッコミの人間関係』、『中居正広という生き方』(いずれも青弓社)。最新刊は『SMAPと平成ニッポン――不安の時代のエンターテインメント 』(光文社新書)、『ジャニーズの正体――エンターテインメントの戦後史』(双葉社)。

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