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「ロームシアター京都」の館長選考に地元演劇人らが疑義

パワハラの訴えに端を発し、就任は延期に。いま京都で何が起きているのか【上】

土田英生 劇作家・演出家・俳優/MONO代表

▼おことわり
 4月4日に公開した記事の中の、〈「地点」から、元劇団員のAさんの件で映演労連フリーユニオンとの団体交渉が解決したと発表された〉という部分を30日、地点と映演労連フリーユニオンの両者から発表されたことをよりはっきりさせる表現に変えました。

 変更箇所は以下の通り。

 旧)3月5日に「地点」から、元劇団員のAさんの件で映演労連フリーユニオンとの団体交渉が解決したと発表された。
  ↓
 新)3月5日に「地点」と映演労連フリーユニオンから、元劇団員のAさんの件で団体交渉が解決したことが両者の共同声明として発表された。

 2020年4月1日付けで京都市左京区にある劇場「ロームシアター京都」の館長になる予定だった演出家、三浦基氏の就任が1年延期された。発表から2カ月余りでの延期決定、国内でも有数の規模と活動実績を持つ公共劇場で何があったのか。京都を拠点に活躍する代表的な演劇人の一人、土田英生さんに2回にわたってつづってもらった。

多くの演劇人を生んだ京都

ロームシアター京都=京都市左京区岡崎最勝寺町

 京都市にあるロームシアターが新館長人事を巡って揺れている。なにが起こっていて、それに対し私(たち)は一体何を問題にしているのか?

 他の地域の人には分かりにくいかもしれないが、現在の状況を含めてなるべく簡潔に書いてみたい。

 私は京都が拠点の「MONO」という劇団の代表をしている。昨年、結成30周年を迎えた。

 いわゆる小劇場演劇と呼ばれるジャンルに属し、メンバーは私を含めて俳優9名のみの小さな劇団だ。制作部が独立して会社を作り、専任の制作者と私がその会社の共同代表を務めている。この会社の製作によって年に一度、本公演を行なうのがメインの活動だ。稽古も京都でしているが、公演は大阪を始め、東京、九州など全国各地で行っている。私たちが公演を京都で行うことはほとんどない。

 都市の規模にしては、京都は演劇が盛んだと思う。大学が多いせいもあり、私たち「MONO」のような学生劇団から派生した劇団の活動も活発で、全国区で活躍するクリエーターを多く輩出してきた。

 劇作家に限っても、私の上の世代には商業舞台でも活躍を続けるマキノノゾミさんがいるし、また1996年には松田正隆さんと鈴江俊郎さんの二人が、東京以外からは三十数年ぶりに、しかも京都在住の2人が揃って岸田國士戯曲賞を受賞したことが話題になった。また下の世代にも同じく2017年に岸田戯曲賞を受賞し、現在全国区の人気を誇る「ヨーロッパ企画」の上田誠さんなどがいる。

 世界的にも評価の高いパフォーマンスグループ「ダムタイプ」、古典を編み変えて上演することで今とても人気のある「木ノ下歌舞伎」など、京都を拠点として活躍している集団を挙げれば切りがない。

 けれどその人材輩出の豊かさに反して表現の場である劇場の数は少ない。

劇場が足りない京都の事情と「ロームシアター」

 私たちの劇団が京都以外で公演を行っているのも適した場が見つからないからだ。80年代に多くの劇団を生み出した小劇場「アトリエ劇研(旧アートスペース無門館)」が2017年に閉館してから、さらにその傾向は顕著になっていたと思う。19年6月に「Theater E9 Kyoto」(※)などができて状況は変わってきているが、それでも圧倒的に足りていないと思う。

※「Theater E9 Kyoto」(京都市南区)
京都で小劇場が次々と閉館したことに危機感をもった演劇人らが、民間からの寄付やクラウドファンディングで資金を募り、倉庫を改造した約90席の小劇場。

 そんな状況の中、2016年、それまで主にクラッシックコンサートなどを行っていた京都会館が改装して「ロームシアター京都」として生まれ変わった。ちなみにロームは京都に本社を置く電子部品の会社であり、ネーミングライツによってこの名前になった。劇場の所有は京都市で、公益財団法人京都市音楽芸術文化振興財団が管理・運営を行っている。

 このリニューアルによって2000人収容のメインホールとは別に、演劇公演にも向くノースホール(約200人収容)とサウスホール(700席)が作られ、私たちのような劇団が上演できるスペースは増えた。自主事業も行い、この4年間で劇場の認知度も上がり、ロームシアターは京都の演劇拠点の地位を築き始めている。ちなみにMONOも昨年3月、30周年公演『はなにら』を、久しぶりに京都で、ロームシアターで行った。

劇団MONOの30周年公演『はなにら』の舞台。京都を含む全国4都市で上演した。筆者(右端)が作・演出・出演した=谷古宇正彦撮影

新館長の発表、巻き起こった疑義

ロームシアター京都=京都市左京区岡崎最勝寺町

 ことの発端は今年1月16日にロームシアター新館長の人事が発表されたことだった。

演出家、三浦基氏
 4月から新館長として、劇団「地点」主宰・三浦基氏(みうら・もとい、1973年生まれ)が就任すると公表された。

 「地点」は2005年に東京から京都に拠点を移し、先鋭的な演出で海外などでも評価を得ている劇団だ。三浦氏が代表を務め、演出も担当している。実績や評価は申し分ない。

 しかし、私がこの発表に耳を疑ったのは、その時、三浦氏には元劇団員Aさんに対するパワーハラスメントの疑義があり、Aさんとは、映画・映像・演劇産業で働く人でつくる労働組合「映演労連フリーユニオン」を通して団体交渉中だったことだ。「地点」に雇用されていたAさんは、三浦氏から言葉や態度で人格を傷つけられ、解雇されたと訴えていた。

 公共劇場であるロームシアターが、この事案に言及することもなく氏の館長就任の発表をしたことに驚きを覚えた。

 パワーハラスメントの疑いがある人物に、公共ホールが館長という役職とそれに伴う権力を付与するということは、まさしくパワーハラスメントを軽視する行いであり、容認することにもつながるからだ。新館長の発表記者会見は、門川大作・京都市長らが同席して行われたが、全くその件には触れられていなかった。

 周囲のざわつきに気づいたのか、1月24日にロームシアター京都のサイトの就任発表のページに〈ロームシアター京都では、芸術、文化の分野においても、すべての人の人権を大切にし、共生社会の実現を目指しております。劇団地点の劇団員の退職に係る事案については、現在交渉中であり、近々、劇団からコメントを出されると聞いております。双方の話し合いにより事案が適切に解決されることを期待しております〉という文言が追記された。

 しかし館長就任を依頼した主体とは思えない、他人事のような書き方に違和感を持った。

演劇人からの「公開質問状」

【左】1996年4月の岸田戯曲賞授賞式での鈴江俊郎氏(左)と松田正隆氏/【右】幅広く活躍する劇作家、マキノノゾミ氏。3人とも「公開質問状」に名を連ねた

 私は面倒なことが嫌いで、しかも当時は公演準備で忙しかった。

 ただ、疑問はぬぐえず、ある日、自分のTwitterに「色々と考えるとこがあって表立っての発言を控えていたけど、少なくともこのままだったら、私はロームシアターで芝居をしない。地元だけどね」と書き込んだ。

 すると知り合いの演劇関係者から次々に私に連絡が入った。

 今回のことでロームシアターでの上演を断念した団体があることを知るに及び、重い腰を上げた。18年度までロームシアターで支配人・エグゼクティブディレクターだった蔭山陽太さんと会い、有志を募って2月14日に公開質問状を提出することに決めた。

 質問内容は、

 ●パワハラ係争中であることを認識したのはいつか
 ●その事実関係を確認したのか
 ●認識していたとしたら、それでもなぜ館長に推薦したのか
 ●もし推薦後に知ったのであれば、どうして取り下げなどの措置を取らなかったのか

 などである。

 宛先はロームシアターの現館長である平竹耕三氏と京都市文化政策監である北村信幸氏にした。このことは新聞などでニュースにもなった。

 公開質問状を市役所に手渡しに行った時、北村政策監とは直接話すことができた。

 その時に聞いた回答は、「三浦氏のパワーハラスメント案件は就任依頼をしたときに本人から聞いた。しかし解決するので問題はないと言われ、それを信用した。事実関係は三浦氏にしか確認していない」というものだった。

 1時間ほど話すことができたので、京都市がこの問題に対して真摯な対応を取らない限り、私たちは上演などを行うことができなくなることなどを伝えた。2月末を回答期限としたが、締切日に回答を待って欲しいという連絡があった。

 3月5日に「地点」と映演労連フリーユニオンから、元劇団員のAさんの件で団体交渉が解決したことが両者の共同声明として発表された(地点映演労連フリーユニオン)。館長就任を進める為に、解決を急いでいるらしいという噂話は耳にしていたが、発表された文章には〈劇団地点代表三浦基は,本件により,元劇団員が結果として精神的苦痛を受けたことを理解し、陳謝いたします〉との文言はあったが、そこにパワーハラスメントを認める言葉はなかった。

 京都市から公開質問状への回答があったのは3月19日だった。

 それは「三浦氏の館長就任を一年延期する」というものであった。

 その間にハラスメント防止のガイドラインを作るなどして信頼回復に努めると書かれている。ここまでが現在までの簡単な経緯だ。

 ちなみに現館長の平竹氏からの回答はない。(続く)

           後半は4月4日12時公開予定です