パワハラの訴えに端を発し、就任は延期に。いま京都で何が起きているのか【下】
2020年04月04日
(前回の要旨)4月1日から京都市の劇場「ロームシアター京都」の館長になる予定だった演出家の三浦基(みうら・もとい)氏の就任が1年延期された。主宰する劇団「地点」の元劇団員が、三浦さんからパワーハラスメントを受けて解雇されたと訴えていたことから、筆者らが京都市と劇場に事実関係などの確認を求める公開質問状を送っていた。パワハラ問題は、映演労連フリーユニオンとの団体交渉の結果、三浦氏が、〈元劇団員が結果として精神的苦痛を受けたことを理解し、陳謝する〉と表明。京都市は、3月19日に三浦氏の館長就任を1年延期し、その間にハラスメント防止のガイドラインを作るなどして信頼回復に努めると発表した。
一応、1年延期という判断はされたものの、根本的な問題解決には至っていない。
問題の核心は京都市の姿勢だ。
三浦氏を就任させたいのであれば、周囲が納得できる形で誠実に着地させるべきだ。
ハラスメントのガイドラインを設けるというが、それは一体なぜなのか?
三浦氏の団体交渉は解決したというのに1年延期した理由はなんなのか?
私が知りたいのは京都市がこの問題を本当のところどう考えているのかということだ。
ここからはあくまで私の推測になる。
館長の就任依頼をした時点で三浦氏のパワーハラスメント案件を知ったという説明を信じたとしても、そもそも京都市はそれを大きな問題だとは考えなかったのではないか。嫌らしい表現を使えば「乗り切れる」と判断したのではないか。発表してみたら内外からの批判が想像以上に多く、慌てて対処療法的に動いたのではと邪推したくなる。
そう考えると、いまだに私たちが質問した館長推薦の経緯も具体的に明らかされないことにも合点がいく。
誰が最初に推薦したのかも不明なままだし、パワーハラスメントの疑いを自分たちが軽視した事実を認められないからこそ、1年延期で信用回復に努めるなどという曖昧な回答になっているのではないか。
ロームシアターは公共劇場である。税金が使われている。演劇文化の拠点として市民に開かれた場にしたいのであれば、当然、説明可能な選考によって、館長職にふさわしい人を選ぶべきである。
もし、推薦の過程でパワハラの疑いがある案件を知ったのであれば、徹底的に調査検証し、その判断を下すべきだったと思う。その過程を怠った京都市の進め方は、あまりに雑で誠意のないものの言わざるを得ない。本当にパワーハラスメントがなかったと証明されれば、問題はなにもないのだから。
さらにいえば、そもそもこの館長という職能が、ロームシアターにとってどういうものであるかも曖昧である。
この問題については、開館時から現在までプログラムディレクターを務めている橋本裕介氏が、ウェブマガジン「REALKYOTO」で詳しく述べている。このことも今回の館長人事の大きな問題であるし、だからこそ今回のような杜撰な人事になったのだと考える。興味のある方は橋本氏の文章を読んでもらえるとありがたい。
私は三浦氏の館長就任にやみくもに反対をしているわけではない。
ある人から「土田さんが館長になりたかったんですか?」と冗談半分に聞かれたけれど、私には全く興味がないし、その野心もない。原則論で異を唱えているだけだ。
三浦氏がきちんと過去に向き合い、そのことを表明し、その上で館長就任にあたってロームシアターと共にハラスメントのガイドラインなどを設けるのであれば、これ以上口を挟むつもりもない。
ただ、就任を1年延期にしたのはいいとして、その間にどうするつもりなのか。団体交渉で出された〈劇団地点代表三浦基は、本件により、元劇団員が結果として精神的苦痛を受けたことを理解し、陳謝いたします〉という謝罪は何を指しているのか。
もちろん三浦氏側にも言い分はあるのだろうけど、相手の精神的な苦痛を理解したというならば、それがパワーハラスメントにあたるかどうかはともかくとして、どのような言動がパワハラと受け取られた可能性があり、そのことをどう反省しているかということくらいは認められないものだろうか。
舞台芸術の場におけるパワーハラスメントは、近年やっと顕在化し始め、様々な問題になっている。
特に私たちのような小規模の劇団では作・演出、代表を一人の人間が兼ねることが多く、そうなると権力は一点に集中してしまう。若い人たちを中心にそうした体制への懐疑や見直しが進んでいるが、これは作品創作にも関わってくることで、ことは簡単ではない。
私の劇団「MONO」でも作、演出、代表は全て私が兼ねている。
稽古場ではもちろん俳優からの意見も聞くようにしているし、劇団の進め方についてミーティングもする。しかし最後の決定は私が下すことが多い。そうした中で、私が苛立つ瞬間はあるし、上から物を言ってしまう危険性は常にはらんでいる。特に年齢差がある劇団メンバーとの関係においては、余程の配慮をしない限り難しい。
平田オリザ氏が主宰する劇団青年団のように、厳格にパワハラのガイドラインを劇団内に設けている集団もあるが、MONOでは明文化はしていない。
一人が台本を書き、イメージを伝えて、俳優に演じてもらうという創り方をしている限り、この問題はつきまとう。私自身、現在の価値観に照らして考えればパワーハラスメントだと受け取られる言動や行動だって過去にはしたと考えている。
幸い私たちは少人数の集団で、私と同世代のメンバーも多く残っているので、そうした危険性に対する共通認識を持ち、時々話し合い、私にも注意できるメンバーが存在することでバランスを取っている。この前の公演時にも、年上のメンバーが若いメンバーに対して軽い頼みごとをした時、他のメンバーがすかさずそれをたしなめていた。それで十分だとは思っていないが、難しい問題だ。
話をロームシアターに戻す。
元劇団員Aさんと「地点」の交渉が解決したという事実をもとに、京都市はこのまま1年後の三浦氏の館長就任を既定路線とする心積りなのだと推察する。そもそも就任ありきで進めていることを見ても、そう判断せざるを得ない。
しかし、1年延期したのであれば、〈元劇団員が結果として精神的苦痛を受けたことを理解し、陳謝いたします〉という三浦氏の言葉の意味を検証し、納得の行く説明をして欲しいと考えている。
京都市は何をもってパワーハラスメントだと考えているのか。それを明確にしない限り、ガイドラインなど作れるはずもない。
そして……このままでは公共ホールとして、京都の演劇の拠点として、ロームシアターは信用を失ったままになるだろう。
私も30年、京都を拠点に創作している者として、様々な舞台をロームシアターで発表することを夢見ている。しかし今のままではそれは幻に終わる。真摯に向き合ってくれることを願っている。
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