メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

新型コロナでパリ首都圏から120万人が大移動、ウイルスと差別も拡散

林瑞絵 フリーライター、映画ジャーナリスト

 フランスでは3月16日にマクロン大統領が「(公衆衛生の)戦争状態」と訴えたテレビ演説を経て、翌日正午から外出禁止令が発令された。この前後、深刻な空気を察知した多くのパリジャンが、いっせいに地方へと脱出をはかっている。パリ首都圏在住者の約17%、120万人に当たる。メディアはこぞって「大移動(exode)」と報じた。

 パリの大学生や仕事を持つ若い世代は、より広い生活スペースを享受できる地方の実家へと帰った。長期で別荘を借りることができたり、セカンドハウスを持っている高所得者層は、主に北部ノルマンディーや、大西洋岸のブルターニュ、ヌーヴェル=アキテーヌ地域などへ向かった。この時期、政治家や俳優らの避暑地として名高い大西洋沿岸のレ島では、例年に比べ30%も人口が増加したという。

ブルターニュなどフランス西部への玄関口であるパリのモンパルナス駅には「移動組」が殺到しニュースとなった=雑誌「レクスプレス」のサイトよりブルターニュなどフランス西部への玄関口であるパリのモンパルナス駅には「移動組」が殺到しニュースとなった=雑誌「レクスプレス」のサイトより

 これは深刻な事態である。パリを含むイル=ド=フランス地域圏は、アルザスを含む東部のグラン・エスト地域圏と並び、感染者の数が桁違いで多い地域だ。感染者が多い地域から大量に人が移動することは、ミツバチが花粉を運ぶように、ウイルスを地方に撒き散らす恐れがある。そもそも人口の少ない町は医者や病院の数も少なく、治療に対応できる人工呼吸器などの医療機器も少ない。

 政府は「大移動」の動きを見かね、遠距離に向かう長距離特急TGVの数を段階的に減らすことを決定した。17日にはオリヴィエ・ヴェラン連帯・保健大臣が、「セカンドハウスに行くために大都市から人々が出発する大移動は、ウイルスを他の地域に拡散させる問題になる」と発言し、地方への移動に警鐘をならした。ただ、これはほとんどの脱出組が出発を決めた後のことでもあり、啓蒙効果は薄かっただろう。

車で地方へ脱出するパリジャン車で地方へ脱出する人たちをルポした「パリジャン」のサイトより

 地方へ移動した人たちは、自分が感染しているとは思っていない。だから、滞在先で他人と一定の距離をとって行動しさえすれば、他人に迷惑はかけないと信じている。それに、家族がいるのであれば、家族を守りたいという気持ちを持つのは自然なこと。育ち盛りの子供がいれば、少しでも広いスペースで過ごさせてあげたいと思う親心もあるだろう。

 だが実際は、大移動は他人に迷惑をかけるどころか、殺人行為にもなりうる。そのことが、人々にしっかり伝わっていなかったのではと悔やまれる。本音を言えば、筆者は脱出した人たちをあまり非難する気にはなれない。なぜなら、彼らは軽率ではあったが、もしも自分もセカンドハウスを持つ立場だったら、他人に感染させる可能性などは露も思わず、慌てて移動していたのではと思うからだ。やはり、政府やメディアが先手を打って、啓蒙活動をするべきだったと思う。

「今いる場所での自宅待機」を伝えるべきだった

 日本の厚生労働省によると、新型コロナウイルスは感染から発症までの潜伏期間が1日から14日(多くは5日から6日)。感染しても無自覚な人が多く、発症しないまま人に感染させる可能性がある。さらに、飛沫感染も接触感染もするコロナウイルスは、感染力が大変強く、細心の注意を払っているはずの医師や感染症の専門家でも、感染する例が後を絶たない。実際、フランスでは医師の死亡のニュースが連日続く。アメリカでも感染症の専門医師がテレビ電話でテレビに出演し、「私に感染するくらいですから、誰にでも感染します」と危険性を訴えていた。

 フランスは政府がウイルス感染拡大期に入った時に、はっきりと「今いる場所での自宅待機が原則」と、啓蒙するべきだったのだ。そして日本は今からでも、「大都市と人口の少ない地方への長距離間の移動は、不要不急なら原則禁止」にした方がよいのではないか。コロナウイルスの広がりは世界で時間差があるのだから、日本は他国の失敗の経験を積極的に学んでほしいと思う。

パリ郊外で犬の散歩をする女性。ペットの散歩は外出理由として認められている=20202020年3月18日20200319パリ周辺の街は閑散としている=2020年3月19日

 日本では小池百合子都知事が会見で「ロックダウン(都市封鎖)」という単語を使用し、「外出自粛」ではなく「外出禁止」の措置がにわかに現実味を帯びている。その際、いざ市民に自宅待機を要請する時は、単に「自宅待機」と伝えるだけでは、説明が足りない。「今いる場所での自宅待機が原則」とセットで伝えるべきなのだ。ちなみにノルウェーでは、すでにセカンドハウスに移動することは法律で禁止されており、違反者は1200ユーロ(約14万円)の罰金と禁固10日となっている。

 ただし、フランスと日本では地理的要因も異なるため、日本の状況に合わせた調整は出てくるかもしれない。例えば、

・・・ログインして読む
(残り:約1622文字/本文:約3501文字)