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志村けんさんが遺した四つの顔。彼は「もの」を作り続けた

ペリー荻野 時代劇研究家

笑いのために体全体と実物を使った

 ザ・ドリフターズを離れ、自身の冠番組を持つ第二の顔の時代になっても、基本的な作り方はグループの時代とは変わらなかった。以前、志村さんがトーク番組に出演した際、近年のバラエティはひな壇の芸人によるトークが主流だが、自分はあくまで「ものを作っている」と語っていた。まさしく志村さんは「もの」を作っていた。

テレビ局に「出勤」した志村けんさん=1988年拡大テレビ局に「出勤」した志村けんさん=1988年

 印象的だったのが、

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筆者

ペリー荻野

ペリー荻野(ぺりー・おぎの) 時代劇研究家

1962年、愛知県生まれ。大学在学中よりラジオパーソナリティを務め、コラムを書き始める。時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」のプロデュースや、「チョンマゲ愛好女子部」を立ち上げるなど時代劇関連の企画も手がける。著書に『テレビの荒野を歩いた人たち』『バトル式歴史偉人伝』(ともに新潮社)など多数。『時代劇を見れば、日本史はかなり理解できる(仮)』(共著、徳間書店)が刊行予定

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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