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アニメーションにつながる、絵に生命が宿る話

江戸時代の物語、絵画から、現代の山村浩二アニメーションへ

有澤知世 国文学研究資料館特任助教・古典インタプリタ、神戸大学人文学研究科助教

鯉になり水の中で遊ぶ

 『ゆめみのえ』のモチーフの一つ、「夢応の鯉魚」は、次のようなお話だ。

 平安前期、延長(923~931年)のころ、今の滋賀県にある三井寺に、鯉を愛する興義(こうぎ)という僧侶がいた。

 彼は鯉を描く名人で、時には夢の中で水中に入り、魚たちと遊び、起きてその様子を描いた。その絵を「夢応の鯉魚」と名付けた。ある年、興義は病死したが3日後に生き返り、人々を集めて、自分が鯉になって琵琶湖を遊泳し、ついに釣り上げられて鱠(なます、生の魚肉を細かく切って酢で調味したもの)にされそうになった、という夢幻の話を語った。

 実際に亡くなる直前、興義はそれまでに描いた絵を湖に散らし捨てた。すると、鯉が抜け出して泳ぎ去ったため、鯉の絵は後世に残らなかったという。

 この不思議な物語は、江戸時代中期に京都や大阪を中心に活躍した上田秋成(1734~1809)が著した『雨月物語』(安永5年〈1776〉刊)に収められている九つの短編のうちの一つだ。『雨月物語』は、和漢の典籍を素材とした、夢幻と現実が交わる怪異的な作品を収めていて、「夢応の鯉魚」もまた、中国説話の「魚服記」を素材としている。

 こういった高度な知識をあやつり、江戸中期に書かれた小説を「読本(よみほん)」という。当時の知識人たちの間で流行したその文芸のなかでも、『雨月物語』は傑作と名高く、愛読され、後の文芸にも大きな影響を与えた。明治以降も、泉鏡花らが愛読して作品に応用したことが知られているし、現代でも映画や漫画などに脈々と受け継がれている。

拡大『雨月物語』の中の「夢応の鯉魚」(国文学研究資料館蔵)。鯉になった興義が、料理されそうになって叫び、口から抜け出ている場面

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筆者

有澤知世

有澤知世(ありさわ・ともよ) 国文学研究資料館特任助教・古典インタプリタ、神戸大学人文学研究科助教

日本文学研究者。山東京伝の営為を手掛りに近世文学を研究。同志社大学、大阪大学大学院、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2017年10月、国文学研究資料館特任助教に。「古典インタプリタ」として文学研究と社会との架け橋になる活動をしている。2020年10月、神戸大学人文学研究科に着任し、クロスアポイントメント協定のもと、国文学研究資料館と兼任。博士(文学)。

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