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 前回に引き続き、まずは以下の論点につき、検証を深めようと思う。

 当時の大人たちは「檻の中」で生まれた「練鑑ブルース」が商売になると思ったにもかかわらず、なぜその封印に躍起になったのだろうか。

「檻の中の唄」はなぜ封印されたのか? その1

封印の背景に安保・三池闘争があった?

拡大安保条約改定に反対するデモ隊でうずまる夜の国会正門前=1960年5月26日

 12、3歳の少年ならともかく、「青少年の非行防止運動を阻害するから」は、表向きのタテマエで、その裏には「ホンネ」が隠されていたと見るのが「常識」であろう。齢古稀を超えて身に着いた「歴史の常識」からすると、その「ホンネ」とはこんな「見立て」になるのではないか。

 一言でいえば、その背景には、60年の安保・三池に収斂していく「運動の季節の到来」が間違いなくあったはずである。

 往時は、国会を十重二十重に取り囲む数十万のデモ、九州の産炭地で繰り広げられた国のエネルギー政策の転換をめぐる総労働と総資本の天王山決戦――戦後を画する二つの歴史的闘争が一つにつながる気配がかもしだされつつあった。

 いっぽうで、鬱積をつのらせる若者たちは、それをロカビリーの狂乱で発散させていたが、為政者にとってもっとも厄介なのは、若者たちの鬱積したエネルギーが、安保・三池発の「世直し」の時代気分と結びつくことであったろう。

 それを察知した「総資本」は、まずは安保・三池を「中央政治」のテコ入れによって分断、「各個撃破」に奏功するが、問題は捉えどころのない若者たちの「欝々として楽しまない気分」であった。ただし、それが「世直し」に反応するには、しかるべき導火線が必要である。大多数の普通の若者たちは「アンポ反対」や「合理化反対」の政治的・社会的惹句には反応しない。意外なところにその導火線の一つがあった。「練鑑ブルース」である。

 たまたま、映画の主題歌に抜擢されたところ思わぬヒット。音楽業界はここに商機ありとみて、「檻の中の唄」を「檻の外」へ解き放とうとした。もとより逞しき商魂によるものであったが、為政者はその裏に危険を察知したものと思われる。

歌:「練鑑ブルース」
時:昭和34年(1959年)
場所:東京都練馬区

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筆者

前田和男

前田和男(まえだ・かずお) 翻訳家・ノンフィクション作家

1947年生まれ。東京大学農学部卒。翻訳家・ノンフィクション作家。著作に『選挙参謀』(太田出版)『民主党政権への伏流』(ポット出版)『男はなぜ化粧をしたがるのか』(集英社新書)『足元の革命』(新潮新書)、訳書にI・ベルイマン『ある結婚の風景』(ヘラルド出版)T・イーグルトン『悪とはなにか』(ビジネス社)など多数。路上観察学会事務局をつとめる。

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