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疲れた心にきれいな絵を① 「もふもふ」動物を愛でる

府中市美術館「ふつうの系譜」展から

山口宏子 朝日新聞記者

 新型コロナウイルスの感染防止のために家に閉じこもり、心が疲れてきた。そんな時、「美しい絵」に触れてみませんか。江戸の絵師たちが技術を尽くして描いた「きれいなもの」を集めた府中市美術館の「ふつうの系譜」展(5月10日まで、現在は閉館中)から、穏やかでやさしい美の世界を担当学芸員、金子信久さんの案内で紹介するミニ連載を始めます。文中の〈 〉内は金子さんの解説です。

じゃれ合いがかわいい、応挙の子犬

円山応挙『狗子図(くしず)』(1778年、36.8×60.4センチ、個人蔵)

 思わず「かわいい!」と声を上げたくなります。

 円山応挙(まるやま・おうきょ、1733~95)が描いた子犬の絵です。前期(4月12日まで)だけの展示で、残念ながら、今回はもう直接見ることはかないませんが、最近見つかった作品(個人蔵)で、展覧会初登場でした。

 〈応挙は多くの子犬の絵をのこしました。今でも毎年のように「新発見」があるんですよ〉

 それはびっくり。そんなにたくさん描いたんですか?

 〈それだけ、ほしがる人が多かった、ということなんです。応挙は、京都の人気ナンバーワン絵師でした。画料も高いけれど、裕福な人々は熱心に買い求めました。美術品というのは長い間、権力者の手元やお寺、神社などで大事にされるものでしたが、江戸時代になると、絵を買うことが町人にも広がります。そういう人々の「かわいらしさ」を楽しむ感性に応える作品も増えていったと考えられます〉

円山応挙『狗子図(くしず)』(1778年、45.2×64.4センチ、敦賀市立博物館蔵)
 〈この絵のモデルは、敦賀市立博物館所蔵のもう一点と同じ3匹だと思われます。いかにも子犬らしいじゃれ合いを生き生きと描いていますが、様々なポーズをスケッチしておいて、組み合わせたのでしょう〉

 展覧会の図録には〈「もふもふ」は世の中を変える〉と題する金子さんの論考が載っています。江戸中期の「本物みたいな動物の絵」の登場をとらえて、〈「もふもふ」は、もしかしたら、それまで絵にとんと興味のなかった人たちまで惹きつけ、更には絵画好きの人口さえふやしたかもしれない、などという想像まで膨らむ〉と書かれています。

 かわいい動物は、江戸時代も大人気だったんですね。

猿になりきって、猿を描く

 そんな「もふもふ」からもう一点、森狙仙(もり・そせん、1747?~1821)の猿の絵です。

 これは、リアル。さわったら、毛の柔らかさと同時に、その下にある筋肉の弾力や、骨や関節の硬さも感じられそうです。

森狙仙『蜂猿図(ほうえんず)』(江戸時代中~後期、43.0×73.0センチ、敦賀市立博物館蔵)

森狙仙『蜂猿図』(部分)
 〈古来、猿の絵はたくさんありますが、狙仙の最大の特徴は圧倒的な「本物らしさ」です。毛の質感、そして、しぐさ。それを微に入り細に入り描いています。狙仙には、山にこもって猿を観察し、猿の動きを体得して、同じポーズがとれるようになったというエピソードがあります。自身の体で猿の体を理解したことで、バリエーション豊かな姿を生み出し、見る者が感情移入できるような猿を描けたのではないでしょうか〉

 本当に会話しているような表情ですね。ところで、お猿さんたち、蜂と戯れているように見えますが、刺されないのでしょうか。

 〈猿と蜂というのは、中国から伝わった古典的な組み合わせです。描き方は近代にも通じるようなリアルさですが、画題は伝統にのっとっているんですね。でも、言われてみると確かに刺されそうな気もします。ちょっと心配ですね〉

 次回は4月19日に公開予定です。