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期待の小説家・早助よう子『ジョン』の、ささやかでたしかな達成

私家版で出版した初の作品集が話題に

渡部朝香 出版社社員

予想を軽やかに裏切る作品世界

 倉本さおりさん曰く、「入り口からは、その先の世界が想像できない」早助作品。小説の本文と、倉本さんと3人の書店員さんのコメントを借りて、『ジョン』の世界の一端を紹介したい。

   一、 図書館にはアルバイト、ボランティア、中学生、ゾンビがいる
 二番目に中学生がきた。大学図書館に職場体験にきたのだ。お互いがお互いによく似た三人で、肉付きのいい丸顔、額にぶつぶつをこしらえ三日月のように細い目をしている。制服のスカート丈はやぼったく、長く、髪の毛は二つに分けて耳の下でゴムでくくっている。まるで全アジアのティーンエイジャーのイデアみたいな子たちだとわたしたちは思う。(「図書館ゾンビ」書き出し)

 常連利用者として、ゾンビが平然とやってくる図書館。「奇抜な設定だけど、妙に腑に落ちる所がある」「笑っていいのかどうかわからないような逞しいユーモア」(磯上)

 カードの明細書、たばこの吸い差しが一杯詰まった灰皿、アルバイト情報誌、二日前のコーヒー、食べかけのバームクーヘン、テレビのリモコン、電話番号の書いてあるメモ、小銭、等々。奥の狭いキッチンには若い男が一人いて、流し台の上にかがみ込み、ノートパソコンを逆さに持って慎重に下ろしている。艶消しのアルミの蓋で、柔らかいチョコレートケーキを切ろうというのだ。それは、四十になるわたしのバースデーケーキだった。さっき部屋を暗くして、ロウソクも吹き消した。わたしはソファーの背に腕を這わせて伸び上がると、奥に居る男に声をかけた。「冷えるね――」(「おおかみ」冒頭より)

 なんの状況説明もないままに物語ははじまり、場末の風俗業界の世界が描かれるかと思いきや、読者は予想外のところへと連れていかれる。「“『冷えるね』じゃないよ!”という前のめりなツッコミなしに読めない」「自明だと思っていた叙述のお約束が裏切られていくスリルがある。とにかく読んで!」(倉本)。

 外出していた服そのままの姿で自室のベッドに横たわり、疲れた目に目薬を差した。目をつぶってお腹の上で両手を組み、夕食の前の短い眠りが訪れるのを待った。ひんやりしたまどろみのなかで夢を見た。わたしとわたしが一緒に湾岸道路を歩いている。(「アンナ」書き出し)

 アンナは主人公が通う恋愛セミナーの講師で、元は男性だ。「アンナの半生が物語られるなかで、誰のものでもない場所で違う自分になるきっかけをつかむ、美しいシーンがあるんです。その描写が普通の作家では書けない書きっぷり」「何を書くかも大事だけれど、早助さんの小説は何を書くかと同じくらい、どう書くかが意識されている。何を書くかとどう書くかが、いいバランスで成り立っている、危うい小説世界」(小国)。

「二子玉川 本屋博」の一環として、倉本さんと書店員による「早助よう子作品の魅力を語る」というイベント拡大「二子玉川 本屋博」のイベント「早助よう子作品の魅力を語る」。中央が早助よう子さん=2020年2月1日、筆者提供

 収録作のうち、放射能汚染を恐れる母親が登場する「家出」は、日本文藝家協会が編む傑作短編小説のアンソロジー『文学2013』(講談社)にも収録された。やはり原発事故後を舞台とした「エリちゃんの物理」、野宿者を描いた「ジョン」など、同時代の社会的な背景を踏まえた作品であっても、早助よう子の小説は単線的に社会や政治への批判に向かうことはない。ふんだんな余白が、読者の思い込みを揺さぶり、読者に思考をゆだねる。倉本さんは言う、「政治にとって一番大切なのは、答えを出すことそれ自体ではなく、その後も考えつづけること。だからこそ、早助さんの小説は、いま読まれる価値があると思うんです」。

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筆者

渡部朝香

渡部朝香(わたなべ・ともか) 出版社社員

1973年、神奈川県生まれ。1996年に現在の勤務先の出版社に入社し、書店営業、編集、営業(内勤事務)を経て、2014年夏より単行本の編集部の所属に。担当した本は、祖父江慎ブックデザイン『心』、栗原康『村に火をつけ、白痴になれ』、石内都『フリーダ 愛と痛み』、ブレイディみかこ『ヨーロッパ・コーリング』、福嶋伸洋『リオデジャネイロに降る雪』、佐藤正明『まんが政治vs.政治まんが』、赤坂憲雄『性食考』など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです