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【ヅカナビ】「映画→タカラヅカ」と「タカラヅカ→映画」

雪組公演『ONCE UPON A TIME IN AMERICA』

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 雪組公演『ONCE UPON A TIME IN AMERICA』があまりにも素晴らしかったので、タカラヅカと「映画」との関係について改めて考えてみたくなった。まず「映画→タカラヅカ」を考えてみると色々な作品が思い浮かぶ。洋画では『オーシャンズ11』『カサブランカ』、そして『ONCE UPON A TIME IN AMERICA』。邦画だと『銀ちゃんの恋』や『幕末太陽傳』も舞台化されている。

 それでは逆はどうなんだ? つまり「タカラヅカ→映画」。そう聞いてまず思い浮かぶのはライブ中継だが、それとは別のアプローチで、タカラヅカの側から映画の世界に題材を見つけに行くこともまた「タカラヅカ→映画」では?と思い至った。映画の歴史を調べていくと、そこにタカラヅカ作品との意外な繋が りがあったのだ。

 そこで今回のヅカナビではまず「タカラヅカ→映画」として、映画史(主にハリウッド)と関連する懐かしの作品、意外な作品をご紹介し、その後で「映画→タカラヅカ」として『ONCE UPON A TIME IN AMERICA』を改めて振り返ろう。2つの方向から、タカラヅカと映画の切っても切れない関係を探ってみたいと思う。

【タカラヅカ→映画】映画の始まりからサイレント時代

 1895年、フランスのリュミエール兄弟がパリのグラン・カフェでスクリーンに動く映像を上映した。これが「映画の始まり」だと言われる。アメリカではボードヴィル劇場の出し物として映画が加わり、入場料が5セント(=通称「ニッケル」)であったため「ニッケルオデオン」と呼ばれる映画館ができ始める。5セント玉といえば『失われた楽園』(1997年花組)で、主人公のアーサー・コクラン(真矢みき)が、5セント玉を握りしめて映画を見ていた少年時代を振り返る場面が思い出される。この作品も作・演出は小池修一郎だ。

 1910年代から、コメディアン兼監督のマック・セネットなる人物が活躍し始めた。この方、『SLAPSTICK』(2002年月組)の主人公だ。じつはこの作品、霧矢大夢のバウホール単独初主演作品、そして、『幕末太陽傳』をタカラヅカで舞台化してしまった演出家・小柳奈穂子のデビュー作でもある。

 やがて映画は撮影技術の発達とともに「見世物」から進化していく。第一次世界大戦は、戦場とならなかったアメリカにとっては追い風となり、映画産業も成長していった。ここに誕生するのが「ハリウッド」だ。そう、デボラも目指した映画の聖地。きっかけは1914年に「ハリウッドの父」グリフィスが作った大作映画『イントレランス』だった。この作品の撮影で古代バビロンの大がかりなセットを組むためにハリウッドが選ばれたというわけだ。そして「ハリウッド」は映画産業の中心地になっていく。

 時代は「狂騒の20年代」、サイレント映画の全盛期がやってきた。銀行や投資家は映画会社にこぞって投資を始め、ハリウッドの映画産業は一大ビッグビジネスに。映画会社の寡占化が進む中で、絶大な権力を握るようになるのが「プロデューサー」だ。彼らはタカラヅカ作品にもよく登場する。先ほどの『失われた楽園』のアーサー・コクランもそうだし、『ラスト・タイクーン』(2014年花組)の主人公モンロー・スター(蘭寿とむ)もそうだった。ちなみにこの時代を代表する人気男優がルドルフ・ヴァレンチノだ。小池修一郎が自身のデビュー作で選んだ主人公である。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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