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疲れた心にきれいな絵を⑤  思い思いに虎いろいろ

府中市美術館「ふつうの系譜」展から

山口宏子 朝日新聞記者

 重苦しい日々の中で、ひととき、心が休まるような「きれいな絵」を紹介するこのシリーズ、今回は元気が出そうな作品を選びました。テーマは「虎」。府中市美術館「ふつうの系譜」展(閉館中)から、個性あふれる3頭のトラが登場します。〈 〉は学芸員の金子信久さんによる解説です。

目はらんらん、毛皮はつやつや

拡大岸駒『猛虎図』(18世紀後半、118.5×53.8センチ、敦賀市立博物館蔵)

 らんらんと光る目、みごとな毛並み。岸駒(がん・く、1749または56~1838)がトラを生き生きと描いています。

 〈毛を一本一本描き、それがすごくなめらかに流れ、光沢を感じさせます。毛の流れは複雑で、変化に富み、身体の立体感をよく表しています〉

 流れに逆らってなでると、てのひらに、硬い毛一本一本がチクチク感じられそうですね。

 〈とてもよく出来た絵ですよね。でも、ちょっとヘンな感じもしませんか?〉

 大きな目が印象的です。そこにひき付けられますが、言われてみれば、トラというよりは、ネコっぽいですね。

 〈かわいい顔ですよね。鼻も口も耳も、はっきりときれいに描かれていて、現代のマンガにも通じるような気がしませんか。そう見ていくと、この絵は、決してリアルではないんです。江戸時代にトラを見たことがある人は日本にはほとんどいませんでした。絵師たちは、中国や朝鮮から渡ってきた絵をもとにトラを描きました。前脚が交差しているポーズは、そうした手本の中にある「型」といえます。これは岸駒にとって初期の作品です〉

 精悍(せいかん)ではありますが、獰猛(どうもう)な感じはしないし、怖さはないですね。

 〈題名は「猛虎図」。トラの絵がそう呼ばれるのは一般的ですが、作者がそう名付けたわけでも、描かれた当時、そういう題名で呼ばれていたわけでもないだろうと思います。猛獣ですから「トラ=猛虎」で間違いないのでしょうが、江戸のトラの絵には「猛虎」というにはかわいらしい作品がいろいろあっておもしろいですよ〉

 江戸の絵師は、ずっと本物のトラを知らずに描いていたのですか。

 〈後年、トラの毛皮や骨が輸入され、それらを研究した、よりリアルなトラの絵も登場します。岸駒もトラの頭と脚を入手して研究し、後に、もっと本物らしい猛々しいトラを描いています。その影響を強く受けているのが、岸連山(きし・れんざん、1804~1859)の「竜虎図」の虎です。腕を見込まれて岸駒の養子になった人物です〉

拡大岸連山『竜虎図』の虎(部分)

 迫力があり、ぐっと本物に近づいてきましたね。その意味で「進歩」しているのかもしれませんが、個人的な好みでは、岸駒のネコっぽいトラの方が絵としてはおもしろいと感じます。

 〈実物や映像でトラをよく知っている現代人は、「本物らしさ」をあまり重視せず、個人の好みや感じ方で受け止め、そちらに魅力を感じるということでしょうね〉

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筆者

山口宏子

山口宏子(やまぐち・ひろこ) 朝日新聞記者

1983年朝日新聞社入社。東京、西部(福岡)、大阪の各本社で、演劇を中心に文化ニュース、批評などを担当。演劇担当の編集委員、文化・メディア担当の論説委員も。武蔵野美術大学非常勤講師。共著に『蜷川幸雄の仕事』(新潮社)。

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