メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

陛下と雅子さまに英国王室的インスタのすすめ――コロナ蔓延下の広報戦略

矢部万紀子 コラムニスト

ダイアナ元皇太子妃死去で得た英王室の教訓

 ヒントをくれたのが、関東学院大学教授・君塚直隆さんの著書『立憲君主制の現在――日本人は「象徴天皇」を維持できるか』だ。英王室における「ダイアナ事件」と「その教訓」が紹介されていた。

 1997年、ダイアナ元皇太子妃がパリで亡くなった時、スコットランドで静養中だったエリザベス女王は「王室を離れた人」に何の反応もしなかった。一方、ケンジントン宮殿前には何万という国民が花束を持って集まり、悲劇を悼んだ。ロンドンに戻った女王はうずたかく積まれた花を見て事態の重大さを知り、最大限の弔意を表した。

ダイアナさんの遺体が安置されているセント・ジェームズ宮殿では4日午前零時を過ぎても献花や記帳をする人たちが後を絶たない。記帳の列は深夜にもかかわらず「5時間待ち」/撮影・大野明=ロンドンで 19970905拡大ダイアナ元皇太子妃の遺体が安置されたセント・ジェームズ宮殿は深夜零時を過ぎても献花や記帳をする人たちが後を絶たなかった。記帳は「5時間待ち」=1997年9月4日、ロンドン

 この時、英国がサッチャー政権で推奨された「自由競争」の影響を大きく受けていたことに君塚さんは注目している。王室への「恭順」という感覚が急速に衰退し、経済的格差の拡大から下層階級を中心に「ダイアナも自分も弱者だ」という認識が広がっていた、と。若い人を中心に皇室離れが起きている、「自己責任」時代の日本と重なると思う。女王はこうした新たな状況についていけていなかった。だが、教訓を得た。「これ以後、王室はホームページや最新の通信手段を利用して、広報活動に邁進した」。そう君塚さんは書いている。

 だからだろう、英王室はコロナ禍でも動いている。

・・・ログインして読む
(残り:約3030文字/本文:約4703文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

矢部万紀子

矢部万紀子(やべ・まきこ) コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長をつとめた後、退社、フリーランスに。著書に『美智子さまという奇跡』(幻冬舎新書)、『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)。最新刊に『雅子さまの笑顔――生きづらさを超えて』(幻冬舎新書)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

矢部万紀子の記事

もっと見る