国内唯一人の「職業奏者」がコロナ自粛の渦中で考えた「音楽の本質」【上】
2020年05月07日
しかし4月上旬、政府の緊急事態宣言が出されると、状況は一変した。
コロナ禍で日々進む事態は、スコットランドで600年以上の歴史を持つバグパイプの文化や伝統の継承について、改めて自覚する契機になっている。16年間の演奏家経験を基に、日本ならではのバグパイプ文化へのアプローチや、音楽の本質について、考えてみたいと思う。
緊急事態宣言を受けて、私が講座を持つ東京都内の音楽スクールは、全体が休校となってしまった。
楽器を購入し、ある程度まで演奏できる段階に達していた生徒さんが9人、まだ購入していない人が10人以上おられる。せっかく2~3曲をマスターした人たちが、途中で辞めてしまうことになると、「もったいないな」と、まず感じた。
毎週ほぼ欠かさずレッスンを続けていた人にとっても、バグパイプなんて、しょせんは趣味。レッスンの場が無くなってまで、孤独な個人練習を続けられるだろうか……。
バグパイプは、「音楽である前にスポーツ」と形容されるほどに、体力と筋力が勝負となる楽器だ。演奏スキル維持のためには、体力と筋力を鍛えて保つことが不可欠になる。
そのため、週に1~2回は、楽器本体を使って演奏をしておかないと、能力をキープできない。演奏での筋肉の使い方や負担かかる部位は独特で、例えば、唇や喉の筋力を必要とする。一般的な筋トレなどでは代用できるものではない。
東京都豊島区の自宅周辺では、レンタル防音ルーム、スタジオ、カラオケボックスなどがすべて営業停止になったことで、生徒さんへの心配の前に、自身のプロ演奏家としての活動の継続にも問題が出てきた。
59歳という年齢からすると、体力筋力の衰えが顕著になってきてもいるので、ここで数カ月のブランクを作ってしまっては、元の体力には戻れず、「このまま衰退の一途かも」とおそれた。
この状況で意識したのは、「文化・伝統技術の継承とは、こういう空白期をどう乗り越えるか、なのかも」ということだった。
さっそく練習場所を選定するため、バグパイプを担いで荒川の河川敷など数カ所を偵察した。バグパイプの大音量を出しても、近隣からクレームを受けることがないかどうかのテストが、主な目的だった。
日本人が一般的にイメージするバグパイプには、このスコットランド型が多いと思われるが、アイルランド、スペイン、北欧、東欧から中近東にわたっても、いろいろなタイプのバグパイプがあり、音量、音質、音程や音階などは異なっている。
バグパイプの名称は、「バッグ」と「パイプ」で構成されていることから来ている。
私のバグパイプには、5本のパイプがバッグに取り付けられている。このうち、1本が口に咥えての息の吹き込み用、残り4本からは4つの音が同時に出続ける。つまり、4本の笛を吹き続ているに等しい体力を必要とする。
スコットランド型バグパイプの音質の特徴は、「透き通るような劈く音と、腹に響く重層低音のコラボ」にあり、これが三次元空間を感じさせてくれる。
この劈く魅力の音質は、大音量を出せる堅い木製リード(楽器内の発音部品)を使用しないと出せない。堅いリードを鳴らすためには、筋力の強さを求められる。
重層低音の方も、安定して大きい音を出し続けるためには、空気の抜ける開口部を大きめにすることが必要になる。つまり、吹き込むべき空気量が多くなり、強い体力が求められるのだ。
速い運指などテクニカルな演奏を求める奏者は、堅いリードを柔らかく削り、空気の抜けてゆく開口部を小さくし、音量の小ささはマイクを使って補う。
音質も、劈く強い音が必ずしも良いというわけではなく、柔らかくて優しい音を好む人の方が多いかもしれない。ここは、あくまで、私が指向する音楽の方向性だということをご理解いただきたい。
もちろん、私も、テクニカルな速弾き演奏に魅力を感じていた時期もある。現在でも、速弾きの練習を欠かさず、自分のレパートリー曲の中に入れてもいる。
しかし、演奏を聴いて感想を言って下さるみなさんからの言葉は、ほとんどが、「いい音ですね」であって、「凄い指の動きですね」ではない。「速い曲は聴いていて疲れる」との意見も聞かれる。
こういった、一般の人たちの声はとても大切で、それらを軽視すると、演奏マニアたちによるテクニック品評会になりかねない。
この考えを後押ししてくれたのは、バグパイプ・レッスンを受けに来る生徒さんたちの存在だった。
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