バグパイプを日本で吹く意味とは
国内唯一人の「職業奏者」がコロナ自粛の渦中で考えた「音楽の本質」【下】
加藤健二郎 バグパイプ奏者
スコットランドで600年以上の歴史を持つバグパイプ。その文化や伝統の継承のために、演奏できる人が100人に満たない日本からも、アプローチできることはないだろうか。新型コロナウイルスによる自粛の影響を受ける中で、演奏家として改めて突きつけられた思いがしている。
前回『バクパイプは他人に聴かせるためにやっているのか』では、日本のバグパイプ事情を通して、「音楽の本質」について考えてみた。本国から遠く離れた私たちの国では、マイナー楽器ながらも、より本格的な音質(透き通るような劈く音と、腹に響く重層低音のコラボ)を求める人が圧倒的に多く、演奏になると複雑な奏法を大切に守る、という特徴を紹介した。今回は、スコットランドでの伝統奏法と比較しながら、日本ならではの役割を検討してみたい。コロナ自粛期を乗り越えるモチベーションにできれば、とも思う。

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本国スコットランドで進む伝統奏法の簡略化
スコットランド型のバグパイプの伝統奏法の「こだわり」の代表格として、複雑な「装飾音」がある。
主旋律のメロディー音とメロディー音の間に、細かい装飾音符が5個入ることもあり、聴き心地としては、「邪魔な音」と感じられることもある。そのため、本国スコットランドでも、装飾音符を簡素化してゆく傾向があり、簡素化しないとしても、5個の装飾音符を聴き取れないくらい速く演奏する手法も日常的に用いられている。

装飾音の簡素化の例。「Dスロー」について、伝統的な演奏の音符(左)と簡素化した音符(右)
画像で示した図解が、「Dスロー」という装飾音のスコットランドでの簡素化の例だ。
私が講座を持つ音楽スクールで、ここに挙げた旧来からのDスロー(左)と簡素化したDスロー(右)を、順に演奏して比較視聴してもらったことがある。すると、約20人いるレッスン生の全員が「簡素化していない音の方が良い」と評価し、明確な差が出た。レッスンでは、みなが指向する難しい奏法を使っている。
600年生き残った奏法。魅力伝えるスキルを
伝統技術を教える講師に必要なスキルは、このように「伝統奏法の良さ」を感じさせる演奏技術であろう。そのためには、1音1音を、キッチリと良い音質で鳴らすことが基本になる。
このDスローの件のように、伝統というものは、時代背景によって移り変わる中で、より良いとされたものが、600年の歴史をくぐり抜けてきたといえる。600年前の奏法をそのままコピーしているのではなく、600年もの間、取捨選択をされ続け、生き残ったものだと考えると、重みが感じられてくる。

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