山口宏子(やまぐち・ひろこ) 朝日新聞記者
1983年朝日新聞社入社。東京、西部(福岡)、大阪の各本社で、演劇を中心に文化ニュース、批評などを担当。演劇担当の編集委員、文化・メディア担当の論説委員も。武蔵野美術大学・日本大学非常勤講師。共著に『蜷川幸雄の仕事』(新潮社)。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
府中市美術館「ふつうの系譜」展から
春から初夏に向かうさわやかな季節なのに、家に閉じこもっていなければいけない。そんな日々に少しの潤いや楽しみを見つけられたらと始めた「疲れた心にきれいな絵を」シリーズ、最終回です。今回も閉館中の府中市美術館の「ふつうの系譜」展から、名品をご紹介します。〈 〉内は学芸員、金子信久さんの解説です。
最終回は、シリーズの初回に登場した「もふもふ」の子犬たちの作者、円山応挙(まるやま・おうきょ、1733~1795)に戻りましょう。
『西王母・寿老図』。おおらかで、実にきれいな一幅。手前の美女が西王母(せいおうぼ)ですね。
〈はい、中国の仙女です〉
周の穆王(ぼくおう、紀元前10世紀ごろ)と会ったという伝説もあります。手にしているのが、三千年に一度花を咲かせて実るという桃の実。その桃を皇帝に渡し、治世をことほぐ能の演目もあります。
奥のおじいさんは、七福神の一人の寿老人ですか?
〈そうです。もともとは中国の仙人で、鹿を連れて現れるとされています。ともに不老不死の仙女と仙人、おめでたい画題です〉
この二人は、よく一緒に描かれるものなのですか。
〈いいえ、単独の絵はたくさんありますが、二人を一枚に描いたものは珍しいです。めでたさ倍増の作品ですね〉
描線の流麗さ、西王母の着物の模様の細かさなど、いつまでも見飽きませんね。
金子さんは応挙を「新しいスタイルの『ふつう』を生み出した」と評しておられます。でもこの作品、あまり新奇な感じはしませんが……。
〈画題は伝統的ですが、描き方が新しいのです。描かれた人物を見ると――もちろん、現実そのままとは違って美化されていますが――、着物の下に確かに肉体がある、というリアルさが感じられます。応挙は目に見えている様子をそのまま描くということを追求したのです〉
見たままを描くのが、新しいのですか?
〈当時の絵は、手本を見て描くのが一般的でした。極端な言い方をすると、応挙も学んだ伝統的な狩野派では、手本通りの着物の線によって人物の体を表現していた。しかし応挙は、紙に描かれた手本ではなく実物に立ち返って、着物を着た人の肉体を描こうとした。これはとても新しいアプローチです〉
ヌードデッサンで人体をとらえる西洋絵画みたいですね。
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