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音楽業界を叩き潰す新型コロナ。クラブ、ライブハウス、DJバーの苦悩

“ポエム総理”は力不足

印南敦史 作家、書評家

 4月30日、インターネット、SNS上にアップされた以下の告知が、音楽業界関係者および音楽ファンの間に大きなショックを与えた。

【VUENOS 閉店のお知らせ】この度、新型コロナウイルスの影響による事業縮小に伴い、VUENOS並びに系列Glad、LOUNGE NEOは2020年5月31日をもちまして閉店することとなりました。これまで長きに渡り支えて頂きありがとうございました。事態の終息を心より願っております。 VUENOS一同

 DJカルチャーの拠点であるクラブに縁のない方はピンとこないかもしれないが、これはかなりのインパクトを投げかけるトピックだった。なぜなら「VUENOS」は、渋谷のクラブ・シーンを語るうえで、いや、国内全体的に見ても、大きな意味を持つ重要な老舗クラブだからだ。

 思い出すのは、1996年の春のことだ。渋谷の円山町に、収容人数700人超の“大バコ”ができるという話が飛び込んできたのだ。

 正直なところ、その時点で当初の私は「長く続くかな?」と感じていた。しかし、そんな勝手な推測をよそに、「clubasia」(クラブエイジア)というそのクラブは瞬く間に渋谷を代表するクラブとして認知されていった。

DJ ARAKI(中央)は、日本で唯一のレコードプレス会社の社員でもある=東京都渋谷区円山町の「CLUB ASIA」(クラブエイジア)で1999年拡大東京・渋谷の代表的なクラブとなった「clubasia」(クラブエイジア)=1999年、渋谷区円山町

 そして、その勢いを受けた経営母体の株式会社カルチャー・オブ・エイジアは、2年後の1998年3月、「clubasia」の向かいに新たなクラブをオープンした。それが、このたび閉店が決まった「VUENOS」だ。つまり同店は、22年間続いたことになる。これは、競争の激しい業界にあっては評価に値すべきことである。

 ちなみに同じビルの上階には、2001年4月にイベント・スペース「asia P」が、そして2002年11月にはライブハウスの「LOUNGE NEO」がオープンしている(ちなみに「asia P」は2010年2月に「Glad」としてリニューアルされた)。

 そう考えるとカルチャー・オブ・エイジアは、わずか数年で、円山町を牛耳ってしまったといっても過言ではないのだ。だからこそ今回の話は、新型コロナがクラブ・シーンに与えた影響の大きさを衝撃的に言い表していると認めざるを得ないのである。

 なお、残された「clubasia」も安泰だというわけではない。今回は“結果的に”難を逃れたというだけのことで、その証拠にカルチャー・オブ・エイジアでは現在、危機を迎えている「clubasia」を存続させるべく、クラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」で存続支援プロジェクトを立ち上げ、支援を呼びかけている。どういう結果になるかは予測がつかないが、なんとか持ちこたえてほしいものだと思う。

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筆者

印南敦史

印南敦史(いんなみ・あつし) 作家、書評家

1962年東京生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。「ダ・ヴィンチ」「ライフハッカー(日本版)」「東洋経済オンライン」「ニューズウィーク日本版」「サライ.JP」「WANI BOOKOUT」など、紙からウェブまで多くのメディアに寄稿。著書に『遅読家のための読書術 情報洪水でも疲れない「フローリーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)ほか多数。新刊は『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。最新刊は『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)。

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