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編集者の緊急事態日記――不安、焦燥、救われた言葉、ときどき『ペスト』

小木田順子 編集者・幻冬舎

途方に暮れる日々に、企画が前に進んで

■4月13日(月) 緊急事態宣言6日目
 終日在宅勤務。

 『ゴーンショック』の発売を4月末から5月13日に延期、5月28日発売の新書はひとまず予定通り刊行と会社から連絡がある。

 4月刊、5月刊は、刊行を延ばしたり初版部数を減らしたりしている社が多いとのこと。リアルの書店が閉まっているだけでなく、ネット書店も物流は生活必需品が優先で、品切れのまま在庫が補充されない本が増えている。どこの社も、先が見えないなかで決めていかなくてはならない。

■4月14日(火) 緊急事態宣言7日目
 終日在宅勤務。

 夜は、自社主催で、調達コンサルタントの坂口孝則さんをホストにした初のZoom読書会。課題図書はカミュの『ペスト』(新潮文庫)。開始に間に合うように、駆け込みで読了する。

 カミュは、戦争の不条理をペストに託してこの作品を書いたという。だが、いま世界中の人が、そのまま「伝染病の話」としてこの本を読み、いまを予言しているかのような描写に驚いている。カミュはそんな読まれ方をすると想像しただろうか。

 いろいろあるなかで、心に残った描写のひとつは、以下のくだり。

 〈天災ほど観物たりうるところの少ないものはなく、そしてそれが長く続くというそのことからして、大きな災禍は単調なものだからである。みずからペストの日々を生きた人々の思い出のなかでは、そのすさまじい日々は、炎々と燃え盛る残忍な猛火のようなものとしてではなく、むしろその通り過ぎる道のすべてのものを踏みつぶして行く、はてしない足踏みのようなものとして描かれるのである〉(新潮文庫、P265)

 北大の西浦博教授は「今までの生活が返ってくるかどうか。その保証はすぐ近くの未来、1年以内にはありません」と言っている(4月11日NHKスペシャル)。最初にそれを聞いたときはショックだったけれど、感染爆発が食い止められて緊急事態宣言が解除されたとしても、これまでの日常が戻ってくるわけではないことを、私も諦めて受け入れはじめている。『ペスト』の舞台、オランの街の人たちに思いをはせる。

古書店が集まる東京・神保町でも休業する店が目立った=2020年4月15日拡大古書店が集まる東京・神保町でも休業する店が目立った=2020年4月15日

■4月16日(木) 緊急事態宣言発令9日目
 緊急事態宣言の対象都道府県が全国に拡大。安倍首相が、所得制限なしで国民一人あたりに10万円給付することも表明。これでまた休業する書店が増える。

 書店は、東京都の休業要請業種には入っていない。独立系の小さな書店など、営業を続けているお店はいつもよりお客さんが多いそうだ。緊急事態宣言が出ている間でも、営業を再開してくれる書店は出てこないだろうか。

 といっても、書店で働く人も、取次で働く人も、トラックで運ぶ人も、みな感染は怖い。自分は在宅で働きながら、書店には通常営業してほしいと思うのは、ムシがよすぎる話。

■4月18日(土) 緊急事態宣言11日目
 新型コロナ関係の新書を書いてほしくて、初めて連絡をした執筆者から「いいですね。やりましょう」という返事をいただく。忙しいし、他社からもう話が行っているだろうからダメ元でと思っての依頼だったので、嬉しい。

 感染の拡大状況も経済状況も日々様相が変わり、どんなテーマをどんなタイムスパンで切り取って企画を立てたらいいのか分からない。緊急発刊をと思っても、書店が開いていないんだったらと挫ける。そんなふうに焦りつつ途方に暮れる日々だったので、企画が前に進むことはとても嬉しい。ささやかだけれど、自分がすべきこと・自分にできることをしている手ごたえがある。

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筆者

小木田順子

小木田順子(こぎた・じゅんこ) 編集者・幻冬舎

1966年、長野県生まれ。90年、PHP研究所に入社。PHP新書創刊に携わる。2005年、幻冬舎に入社し、幻冬舎新書の創刊に携わる。気がつけば、編集者人生の大半を新書編集者として過ごしている。担当した本は村山斉『宇宙は何でできているのか』(新書大賞2011)、香山リカ『しがみつかない生き方』、國分功一郎『来るべき民主主義』など。書評誌『いける本・いけない本』編集長も務める。