選ばれた一行の多様性が面白い
優秀賞のもう一人は、山田詠美『ぼくは勉強ができない』から、「良い人間と悪い人間のたった二通りしかないと思いますか?」を引き出した、広島工業大学高等学校の丸山拓人さん。人間を善悪2通りのテンプレートにあてはめたがる性癖を、小学校の給食のときのエピソードを例に紹介し、「物事の善し悪しの裏にあるものにこそ、本当に目を向けなければならないのかもしれない」という。一冊の本が惹きつける言葉は人それぞれだが、なるほどここに目をつけたかと、このしなやかな感性がみずみずしく感じられる。
佳作の山田真亜沙さん(福岡常葉高等学校)は、伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』から、「個人的な生活と、世界、って完全に別物になってるよね。本当は繋がってるのに」を。「繋がっているのなら自分が世の中に関心を持つことで自分を取り巻く環境は何かが変わるのかもしれない」と山田さんは思う。同じく佳作の大沼乙寧さん(神奈川県立橋本高等学校)は、ハリエット・アン・ジェイコブズ『ある奴隷少女に起こった出来事』から、「あの希望を失いかけた日々と共に心によみがえってきたのは、年老いた善き祖母に愛された、おだやかな思い出だった」を引き、幸せや愛について考える。
新潮社のホームページには、これまでの受賞作も掲載されていて、選ばれた一行の多様性とそれに付された思いのそれぞれが興味深い。前年度(第6回)は、サン=テグジュペリ『星の王子さま』、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』、吉本ばなな『キッチン』、辻村深月『ツナグ』などからの一行を選んだエッセイが入賞している。
今回の選評で角田光代は、「小説は、物語は、読んだ人のものだ。どんなふうに読み、どんなふうに解釈してもかまわない。どんな一行を選んでもいいのだし、その一行に感化されても、怒りを覚えても、かなしくなっても、反発しても、明日には忘れてもかまわない。正解のない、いや、読んだ人のぶんだけ正解が広がっていくのが、読書のたのしみであり、自由さだ」と述べている。中高生が選んだ一行には、この自由さが漲(みなぎ)っている。

「読んだ人のぶんだけ正解が広がっていくのが、読書のたのしみであり、自由さだ」と角田光代さん=撮影・三原久明
中学生はともかく、不読書率が5割を超える高校生もが、自分の体験に引き寄せ、好きな本から抜き出した一行に託して、思いのたけを語る文章はそれぞれ個性的で読み手の心にしみる。何の変哲もない一行であっても、人それぞれの思いに重なり、深く心に刻まれるのだということが、これらの短文の中から読み取れる。それは、読書を通しての自己発見であり、自分との対話でもある。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。